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韓国映画レビュー その342 「夜と昼」

これも東京フィルメックス映画祭で鑑賞してきた作品。相変わらずホンサンス・ワールドになっている。この監督の作風は苦手なのだが、前作の『浜辺の女』から生々しい激しいベッドシーンがなくなったことで観やすくはなった。
この作品のレビューは、久しぶりに何度も書き直した。キーワードとなる事柄が幾つもあったのでアイデアがいろいろ出てきて、なかなか文章として纏まらなかったからだ。もっと書きたかったが、これから鑑賞する人もいるだろうから、これぐらいで止めといた。

夜と昼
制作年:2007年
監督:ホン・サンス
出演:キム・ヨンホ、パク・ウネ、ファン・スジョン
ジャンル:ヒューマンドラマ
鑑賞:第9回東京フィルメックス映画祭


画家のソンナム(キム・ヨンホ)は、大麻を吸ったのがばれて、警察に摘発されると恐れて、一時的にフランスのパリへ逃げた。画家ソンナムは、韓国人ばかりの留学生が集まる民宿に寝泊りして、目的もなく街を散歩したり公園に行ったりして時間を潰していた。画家ソンナムは、妻ソンイン(ファン・スジョン)を韓国に残したまま単身でパリに来たので、心配する妻ソンインのために国際電話をしたり、画家ソンナムが寂しくなったときに妻ソンインへ国際電話をしていた。そんな緩やかな時間が流れているときに、留学生ヒョンジュ(ソ・ミンジョン)と出会い、更に留学生ヒョンジュのルームメートである留学生ユジョン(パク・ウネ)と出会う。画家ソンナムの心は徐々に若い留学生ユジョンに対して恋心を抱いていき、既婚者と交際することに抵抗していた留学生ユジョンも心の変化をみせていく。画家ソンナムと留学生ユジョンの恋愛をみせながら、妻ソンインの突然の言動もあり、画家ソンナムの心は大きく動揺する。画家ソンナムがフランスに渡った約二ヶ月間を日記風に日常を描いたお話。

監督は、『映画館の恋 (原題:劇場前)』『浜辺の女』のホン・サンス監督。
出演者は、パリに逃亡した画家ソンナムを演じるのは『クラブ・バタフライ』『SSU (原題:ブルー)』のキム・ヨンホ、留学生ユジョンを演じるのは『HEAVEN ヘブン (原題:天士夢)』『ふたつの恋と砂時計 (原題:あしながおじさん)』のパク・ウネ、画家ソンナムの妻ソンインを演じるのは『A+生』のファン・スジョン、民宿のおじさんを演じるのは『ロマンス』『葡萄の木を切れ』のキ・ジュボン、画家ソンナムの元恋人ミンソンを演じるのはキム・ユジン、留学生ヒョンジュを演じるのは本作スクリンデビューのソ・ミンジョン、北朝鮮からの留学生ギョンスを演じるのは『残酷な出勤』『俺たちの街 (原題:私たちの町)』のイ・ソンギュン、ソンナムの夢の中で出てくるジヘを演じるのは本作スクリンデビューのチョン・ジヘ。

舞台がパリになっていても相変わらずホン・サンス監督の作風は変わらない。主人公が気の小さい優柔不断で無責任な男、出会った女性との恋愛、男女の恋のかけひき、女同士のかけひき、ドラマティックな出来事などない日常、酒やお茶の席でのぺちゃくちゃと話す会話といったお得意の世界をみせている。序盤は多少退屈なところもあるが、人間の内面心理を掘り下げ、直接的に言葉として表現しないので鑑賞者に考えさせながら進行させている。幾つかの不可思議な映像があるが、あるシーンの伏線にしたり、あるシーンはどの世界を示しているのかを表現しているのであろう。

留学生ユジョン、留学生ヒョンジュ、妻ソンイン、元恋人ミンソンといった女性たちが、画家ソンナムと絡んでいく様をユーモラスに描いているところは笑える。画家ソンナムと妻ソンインが国際電話の会話の中で、逃亡して精神的につらいことをもらして妻に同情をさせているけど、実際は留学生ユジョンと出会って羽目を外しているのである。時差の関係もあって、幾つかの電話中のシーンで二人のテンションの違いがみえるので、注意して鑑賞してほしいところでもある。画家ソンナムと元恋人ミンソンがモーテルに行って、積極的に元恋人ミンソンが迫ってくるが、聖書の一節を言い出して、一線を越えることなくモーテルを出て行くのである。画家ソンナムの心に良心が残っており、元恋人ミンソンに対しての罪悪感、元恋人ミンソンの夫に対して誠実さを示している。しっかりとちょっと前のシーンで、キリスト教徒でないのに民宿に置いてあった聖書を読んでいるシーンを入れているので、伏線は張っているのだ。面白いのが、同じようなシチュエーションが中盤で画家ソンナムと留学生ユジョンのシーンがある。そこでは、積極的に迫るのが画家ソンナムで、なんとか一線を越えないようにしているのが留学生ユジョンなのだ。このように人と状況の変化をつけて表現している。

ルームメイト同士の留学生ヒョンジュと留学生ユジョンが画家ソンナムを部屋に招き入れるところにちょっとした女同士のかけひきがみられる。牡蠣の好き嫌いのこと、さらに三人で外出しているときに、留学生ヒョンジュが先頭に歩いているのをみて、留学生ユジョンが画家ソンナムの手を握るシーン、それを留学生ヒョンジュが即座にみつけてツッコミを入れているのは次のシーンにしっかりと伏線になっている。それは、男女の恋のかけひきに移り変わっていくのだ。オープンカフェで一人でお茶をする留学生ユジョンをみつけ、駆け寄ってくる画家ソンナムの態度なのだ。画家ソンナムは彼女が自分に気があると確信して、今まで敬語で話していたのをタメ口で会話し出すのである。このような男性っているよなぁ~って感じで上手く描かれており、女性がちょっとした隙をみせたことで男性が大きな態度になったり、恋人面して接するところである。ここは、留学生ユジョンが距離を置くような形を示して、言い返しているのである。この作品は、男女のかけひき、女同士のかけひきが細かく描かれていえるのが特長だと感じた。

終盤にようやく妻ソンインが声でなく、実物が登場するのであるが、ここにもトラップを仕掛けている。留学生ユジョンとの情事を絡ませながら、同じ条件を画家ソンナムに突きつけて、男性心理を揺さぶっているである。伏線として、序盤のシーンにあった画家ソンナムと元恋人ミンソンの会話にキーワードが含まれていると感じる。男女の心理戦が非常に多い作品になっているので、すごく疲れる。しかも上映時間も145分だし。

映像面として、パリの特徴的な風景をなるべく消して、民宿付近、狭い裏通りの道端、食堂、カフェ、地下鉄の駅の入り口といった日常を強調しているのがみえる。画家ソンナムが観光しているときに、美術館や橋からみえる歴史ある建造物も映しているが極力控えているのがわかる。あくまで日常を描きたいのがみえるから、主人公ソンナムの周囲も韓国人ばかりで、韓国人が海外でよく行っている韓国人コミュニティを形成している。そして、パリでの天候で曇りの日が多いこと、青い空を多くの白い雲で覆う挿入画を使っている点で、「雲」を画家ソンナムという表現にしているようだ。画家ソンナムがどんよりとした雲みたいな人を映像的に示しているようにみえた。

題名の『夜と昼』というのは多くの意味が含まれて付けたと感じられた。夜と昼という対照的なところを時間だけに限定していないのである。普通に考えれば、フランスと韓国の時差を使った画家ソンナムと妻ソンインの国際電話のところが特徴的であるが、登場人物の性格や事柄が二面性になっているところも示しているのであろう。北朝鮮留学生ギョンス(イ・ソンギュン)の存在も二面性を表現していたり、終盤も現実と夢という二つの世界を表現している。いろいろ小細工している作品だから、複数回鑑賞するとこの作品の良さがでるのかもしれない。

【なめ犬的おすすめ度】 ★★★

作者:nameinuuuu

更新日:2008年12月1日 22時45分

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韓国映画レビュー その341 「木のない山」

東京フィルメックス映画祭で鑑賞してきた作品。ティーチ・インがあり、監督と白人プロデューサーが来ており質疑応答をした。通訳が英語だったから何でかと思ったら、監督ってアメリカに移民した人なんだね。
内容としては、アート系の作品って感じである。音楽が少ないことで静かな作品に仕上がっている。韓国での公開は来年5月を予定しているみたいで、日本では今のところ未定みたい。まあ一般上映するのは厳しいだろう。

木のない山
制作年:2008年
監督:ソヨン・キム
出演:キム・ヘヨン、キム・ソンヘ、キム・ミヤン
ジャンル:ヒューマンドラマ
鑑賞:第9回東京フィルメックス映画祭


都会のマンションで暮らしている6歳のジン(キム・ヘヨン)と小さな妹のビン(キム・ソンヘ)と母(イ・ソア)。6歳になってもまだ寝小便をするジンを母は優しく慰めてくれて、二人だけの秘密として妹のビンに黙ってくれていた。ジンは、学校で算数の引き算を学び勉強が楽しくなってきた頃、母に引っ越しすることを知らされた。三人は荷物を纏めてバスに乗って、郊外にある伯母さん(キム・ミヤン)の家に行った。母はジンとビンに豚の貯金箱をプレゼントして、これがいっぱいになったら帰ってくると言って、二人の娘を伯母さんが一時的に預かった。母がこのような行動をとった理由は、勝手に出て行った行方不明の夫を探しにいくためである。伯母さんは、商売に失敗して節約した生活をしているため、今まで多少の贅沢をしていた生活が一変したことでジンとビンは戸惑っていた。ジンとビンは、裕福な家の少年と遊んで優しい少年の母親からお菓子を食べさせてもらったり、やんちゃな少年と一緒にイナゴ取りをして遊んでいた。ジンとビンは、母との再会を楽しみにしているから、母の残した言葉を信じて、豚の貯金箱をいっぱいにすることに必死であった。だが、豚の貯金箱をいっぱいにしても母は戻ってこなかった。母から伯母さんに手紙がきて、その内容はジンとビンを実家に預けて欲しいというお願いであった。ジンとビンは、更に田舎にある祖父母の家に預けられて、侘しい生活をする。果たして、ジンとビンは母と再会することができるのか、生活環境が変動することでジンとビンはどのように成長していくのかというお話。

監督は、本作が長編2作目のソヨン・キム女性監督。
出演者は、長女ジンを演じるのは本作スクリンデビューのキム・ヘヨン、次女ビンを演じるのは本作スクリンデビューのキム・ソンヘ。長女ジン役のキム・ヘヨンは、ソウルの学校でスカウトした子役、次女ビンジン役のキム・ソンヘは孤児院でスカウトした子役である。

父が去り、そして母が去っていき残された幼い二人の娘が、大人の事情で振り回される中で、与えられた生活環境に順応していき、否応なしに早熟せざるを得ない姿をみせている。

全体として、都会で母とマンション暮らし、地方で伯母さんとの生活、田舎で祖父母と自給自足の生活といった三つの構成になっている。ジンとビンの幼い姉妹の視点によって描かれた作品のため、子供がどのような過程で成長していくのかが、この短い時間だけでもみられる。肉体的な成長ではなく、精神的な成長なのである。父は一度も登場せず、都会で母とそれなりの生活をして、ジンは普通に小学校に通って勉強し、ビンは派手な洋服を着て、経済的に満足している生活になっている。そこから、伯母さんの家では家事をやらされたり、粗末な食事といった生活水準が下がっていき、祖父母との生活で原始的な生活へと更に下がっていくのである。小さな子供が急変する生活環境に対応していく姿をジンとビンの表情が繊細に映し出しているのだ。

中心になるのは、伯母さんの家での生活であろう。豚の貯金箱をいっぱいにするという目的があるために、子供ならではの知恵を出していくのだ。伯母さんからお小遣いなんてもらえないことで、やんちゃ少年の姿をみてお金を稼ぐ方法をみつけるのである。草むらにいるイナゴを取って、生きたまま串に刺して丸焼きにして、それを新聞紙に包んで食品として近所の人に売るのである。味付けもなく丸焼きにしたイナゴなんて美味いのかと疑問に思う。イナゴの佃煮なら味付けがしてあるから酒のつまみとしてたまに食べるけど。更なる知恵が貯金箱の中の体積を増やす単純な方法である。正直、これはやるだろうと直ぐに頭に浮かんだ。だって幼児のビンが考え出した方法だから、如何にもって感じである。貯金箱をいっぱいにしたときの達成感と絶望感の感情の起伏を二人の子役が見事に演じていたのが印象的である。

伯母さんの家から祖父母の家に移るときに、伯母さんと祖父が言い争っている姿をみていたジンが、子供ながら自分たちがどのような存在なのかを悟ったと感じとれる。祖父と子供たちの間に入ってくれている祖母の存在がクッションの役目をして、祖母に対してはジンとビンが子供らしい素顔をみせているのである。自然に振舞う子役二人が輝いており、素の姿をみせているようにみえ、子役二人はもちろんのこと、これを引き出した監督及びスタッフたちにも拍手をおくりたい。

【なめ犬的おすすめ度】 ★★★

作者:nameinuuuu

更新日:2008年11月28日 19時7分

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韓国映画レビュー その340 「アフリカ」

女性四人が中心のロードムービーもの。女性が鑑賞しても楽しめる作品だと感じた。途中から合流するトラブルメーカー役のチョ・ウンジがかなり笑える。
連休中にアップしようと思っていたが忙しくて出来なかった。更新速度がどんどん遅くなってきた気がする。このブログは日記形式ではないから、それが救いかもしれない。毎日のようにブログを更新している人は、ちょっと尊敬してしまう。ネタよりも継続する気持ちの方に。

アフリカ
制作年:2001年
監督:シン・スンス
出演:イ・ヨウォン、キム・ミンソン、イ・ヨンジン、チョ・ウンジ
ジャンル:アクション、アドベンチャー、コメディ
鑑賞:韓国輸入版DVD


CDショップでアルバイトをする女子大生のジウォン(イ・ヨウォン)は万引き犯の罠にかかりアルバイトをクビになり、母親のこともあり苛立っていた。同様に靴屋でアルバイトをする女子大生のソヒョン(キム・ミンソン)は、女優を目指しているが教授からきつい言葉を言われて苛立っていた。ジウォンとソヒョンは、気分転換のために二人でカンヌンに旅行する計画を立てた。ソヒョンの男友達ヨンベ(キム・ギョンソプ)に車を借りることをお願いしたところ、持ってきた車は盗んだ車であり、置いてあったカバンの中には二丁の拳銃と銃弾があった。モデルガンと思い込んでソヒョンは引き金を引いたら、弾はリアガラスを突き抜けて、二人は動揺してソウルに帰って持主に戻そうと考える。一方、トランプ賭博をしていたキム刑事(ソン・ジル)やヤクザのナルチ(イ・ジェラク)やオボン(チュ・ヨジョン)は、賭けるお金がなくなったことで代わりに拳銃を賭け、ヤクザが勝負に勝った。勝負に勝ったヤクザは、獲得した拳銃を車に置きっぱなしにして駐車したことで、拳銃が入った車は青年ヨンベに盗まれてしまった。キム刑事とヤクザのナルチは、この緊急事態になんとか車を盗んだ者を見つけだし、車と拳銃は女子大生ジウォンとソヒョンが持っていることを知って彼女たちを追う。ジウォンとソヒョンは、車を駐車してレストランで食事していたときに、リアガラスの弾痕を見つけた警官が怪しそうに調べているのをレストランの席から見た。車には二人が車中で会話しているシーンを撮ったビデオカメラを置き忘れたことで、拳銃のことがばれると思って車を残して逃走し、ある喫茶店に辿り着いた。そこで、拳銃をぶっ放してしまった二人をみて、仲間として加わったのが喫茶店の店員ヨンミ(チョ・ウンジ)である。警察沙汰になりテレビで指名手配された三人は、ブティックの店員のジナ(イ・ヨンジン)がいろいろと助けることで新たに仲間が増えた。拳銃に魅惑された四人の女性は、事件が拡大してとんでもない展開になっていくお話。

監督は、『ハレルヤ』『エキストラ』のシン・スンス監督。
出演者は、CDショップでアルバイトをする女子大生のジウォンを演じるのは『アタック・ザ・ガス・ステーション!』『子猫をお願い』のイ・ヨウォン、靴屋でアルバイトをする女子大生のソヒョンを演じるのは『少女たちの遺言 (原題:女高怪談 二番目の話)』『24』のキム・ミンソン、ブティックの店員をしているジナを演じるのは『少女たちの遺言 (原題:女高怪談 二番目の話)』『純愛譜』のイ・ヨンジン、喫茶店の店員をするヨンミを演じるのは『涙』のチョ・ウンジ、キム刑事を演じるのは『公共の敵』『風林高 (原題:新羅の月夜)』のソン・ジル、ヤクザのナルチを演じるのは『エニケーン』『リアル・フィクション (原題:実際状況)』のイ・ジェラク、下っ端ヤクザのオボンを演じるのは本作デビュー作のチュ・ヨジョン。

偶然手にした拳銃によって、いつの間にか四人組になった女性が様々な出来事を起こしていき、ロードムービー形式に物語が進行していく。

弾痕を残した車を乗り捨て、車に残してきたビデオカメラの映像からジウォンとソヒョンが警察側にばれてしまい、二人が喫茶店でしつこくナンパしてきた男に怒って拳銃をぶっ放し、そこの店員のヨンミが二人を助けるために車に乗せて逃亡し、その途中でヨンミが調子に乗って拳銃を使い、パン屋を強盗したり、ATMを拳銃で壊してお金を盗んだことで、「女性店員を誘拐して拳銃保持した凶悪女性二人組み犯人」という形でテレビに大きく報道されたのである。ヨンミのせいでジウォンとソヒョンがとんでもないことになり本当に疫病神であるのだ。その後は女性店員も仲間に寝返ったという報道で三人が指名手配になるのだ。変装のためにブティックにいった三人をみて、指名手配されている者たちと見破ったジナは、彼女たちの力になり、人が追ってこないような道を使って逃亡の手助けをして仲間になっていく。

四人の女性がそれぞれの事情を抱えながら、この逃亡劇によって心の痛みを癒していくのだ。ジウォンの場合は、アルバイトもクビになり、恋人と破局し、母親が再婚をすることで母親との考え方の違いや意見が食い違うことで不和になっていくのである。普段は冷静で物事を見極めて行動するが、怒ると一番恐い存在になるのだ。ソヒョンの場合は、女優を目指しているが思い通りにいかないことで悩んでいる。明るい性格で男性の交友関係が広く、物事を軽く考える気分屋な点でみんな困らせる。ヨンミの場合は、田舎の喫茶店店員が嫌であり、自分の容姿にコンプレックスを持っている。喫茶店店員といいながらタバンという娼婦であることで、ジウォンとソヒョンのような大学生とは身分が違うと劣等感を持っている。ジナの場合は、交際していた男性に騙された悲しい過去を背負っている。その男性へ復讐を考えて拳銃を持っている彼女たちと一緒に行動すること決めたのである。

拳銃を保持している彼女たちを追うキム刑事とヤクザのナルチとオボンのサイドストーリーも同時に展開されている。彼女たちが持っている拳銃は、キム刑事が警察から支給された拳銃1丁、ヤクザのナルチが密かに手に入れた拳銃1丁だからである。クビがかかっているキム刑事は必死であり、ヤクザのナルチとオボンも高価な拳銃を取り戻したくて必死なのだ。彼らはこの作品のコメディ要素を担当しており、小さな笑いを提供する役目である。

自分の意図した行動をしていないのに悪い方へと展開が進み、何時しか若者たちからヒーロー扱いされた四人の女性にニックネームまでついてしまうのだ。インターネット上ではファンクラブまであり、「Adoring Four Revolutionary Idolsin Korean Area」の頭文字をとり「A.F.R.I.K.A (アフリカ)」と呼んで若者たちは熱狂する。エスカレートしすぎて、モデルガンを使ってたくさんの模倣犯まで出現するのは笑える。この作品で一番笑えるところは、『アタック・サ・ガスステーション』のパロディ部分である。ガソリンスタンドの店長をパク・ヨンギュがそのまま演じており、お金の隠し場所とか、店員でないものが給油して働いたり、イ・ヨウォンが『アタック・サ・ガスステーション』でガソリンスタンドの店員として働いていたことから店長がジウォンに以前ここで働いてなかったか?と質問したりするのだ。『アタック・サ・ガスステーション』を鑑賞済みの人は、一連の行動が面白く映るであろう。

ロードムービーを基盤にしたアクションとコメディを含めたものだから観やすい作品である。女性四人の心情を扱いながらも、拳銃の持つ見えない魔法のような力を表現したり、不満を持つ世の中の若者たちの気持ちを表現しているようにみえた。イ・ヨウォン、キム・ミンソン、イ・ヨンジン、チョ・ウンジは、今でも活躍している女優さんだから、現在鑑賞しても違和感なく楽しめるであろう。

【なめ犬的おすすめ度】 ★★★

作者:nameinuuuu

更新日:2008年11月25日 22時2分

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韓国映画レビュー その339 「マイ・ファーザー」

ダニエル・ヘニーに適役な作品だと感じた。キム・ヨンチョルの父役もなかなかいい味を出していた。ところで韓国は、「差別」というキーワードに敏感なのか。ジェームズの若き日の失恋が人種差別が原因だったり、囚人ミノが父ナムチョルに差別用語(障害に関する単語)を使っていたりと。

マイ・ファーザー
制作年:2007年
監督:ファン・ドンヒョク
出演:キム・ヨンチョル、ダニエル・ヘニー
ジャンル:ヒューマンドラマ
鑑賞:韓国輸入版DVD


幼い頃に韓国の保育院からアメリカ人のパーカー家に養子に出され、アメリカで育てられたジェームズ・パーカー(ダニエル・ヘニー)。育ての父と母、彼らの実息子の兄、ジェームズと同じ韓国からの養女の妹と計五人家族のパーカー家は幸せな日々を過ごしていた。ジェームズは、本当の両親を知りたいと強く思い、家族に相談して了承を得てから、在韓米軍に入隊しながら本当の両親を探すために韓国に行った。同じ軍の友人ヨソプ(キム・イングォン)がジェームズに協力してくれて、養子になるまえに春川の保育院にいたことがわかり、そこで自分の韓国名がコン・ウンチョルであることを知る。テレビ番組に出演をして本当の両親の行方を探していたとき、神父を通じて父と名乗る人物から接触があった。ジェームズは、実際に会いにいくと本当の父ファン・ナムチョル(キム・ヨンチョル)は、殺人罪で死刑という実刑判決を受けている死刑囚であった。そこで父ナムチョルから本当の母はすでに亡くなっていることを聞かされた。父ナムチョルは、ジェームズに殺人事件の真相は冤罪であることを告白しており、その言葉を信じていた。そんなとき、軍で任務をしていたジェームズにアメリカから電話があり、育ての父が病気で亡くなったこと知らされた。父ナムチョルと面会するたびにジェームズは、少しずつ親子としての感情が芽生えてきた。今まで友人ヨソプの通訳を通して父ナムチョルに伝えていた会話であったが、話せない韓国語を必死に覚え、直接父ナムチョルと会話できるように努力していく。だが、ジェームズの知らないところで、父ナムチョルの過去に大きな秘密があった。果たして、父ナムチョルとジェームズの関係は今後どのような展開になるのかというお話。

監督は、本作がデビュー作のファン・ドンヒョク監督。
出演者は、死刑囚ファン・ナムチョルを演じるのは『甘い人生』『あいつの声』のキム・ヨンチョル、幼少時にアメリカ人夫婦の養子になったジェームズ・パーカーを演じるのは『ミスター・ロビンの口説き方』のダニエル・ヘニー、囚人チャン・ミノを演じるのは『アーユーレディー?』『フェイス』のアン・ソックァン、ジェームズと同じ在韓米軍のシン・ヨソプを演じるのは『天国からの手紙 (原題:火星に行った男)』『恋する神父 (原題:神父修業)』のキム・イングォン、神父を演じるのは『あいつの声』『優雅な世界』のチェ・ジョンニュル、キム刑務官を演じるのは『弓』『二人だ』のチョン・ググァン、ジェームズの母コン・ウンジュを演じるのは『里長と郡守』のチェ・ジョンウォン。

本当の両親を知るために韓国に戻ってきたジェームズは、死刑囚の父と既に死んでいる母という驚愕の事実をつきつけられたのだ。唯一の血の繋がりがある父ナムチョルを受け入れ、父ナムチョルが語った冤罪事件を信じて疑わないジェームズなのだ。誰もが感じることであるが、ナムチョルが本当にジェームズの実父であるのかというところなのだ。真犯人に刺された大きな傷跡をみせたり、以前にバンドでギターリストをしていたこと、父と母の出会いといった父の過去を聞かされるジェームズなのだが、母の明確な事柄が不透明にしていることで初めから怪しさを増幅させているのだ。

死刑囚の心境というのを切々と表現している。死刑執行は午前中に執行されるために、神父からジェームズに注意をされるところがある。同室の囚人たちが死刑囚のナムチョルに気をつかっているのがみられ、午前中に呼び出しがあると同室の囚人たちが緊張し、ナムチョルもビクビクしながら刑務官らと移動していく姿が重い空気を作る。また、ナムチョルの担当であるキム刑務官(チョン・ググァン)でない他の刑務官からの呼び出しだと、さらに緊張感が走るところに恐怖がこちらにも伝わってくる。死刑は年末に多く執行されることが多いから、季節的にも一致しているのだ。このように、いつ死んでもおかしくない状況に父ナムチョルが存在していることで、余計にジェームズの感情を興奮させているがみえる。

大きな分岐点となっているのは、街頭でジェームズが死刑制度の廃止活動をしているところに、凄まじい勢いでジェームズに突進してきた父ナムチョルに殺された被害者家族なのだ。父ナムチョルが起こした事件を被害者家族がジェームズに説明すると、複雑な思いに駆られて被害者家族に謝罪し、父ナムチョルの過去を自分で調べていくことで矛盾が起こり、ジェームズは怒りを通り越して極度の悲しみが表現されている。それでも、ジェームズが立派なのは心が折れないところで強い気持ちの持ち主なところだ。

父ナムチョルにとっての分岐点は、刑務所でかつての同僚チャン・ミノ(アン・ソックァン)が囚人として入ってきたことである。しつこいぐらいに、これでもかという攻撃をしてくるミノの憎さが、この作品を別の角度からおもしろくしている。数々の弱みを握ってミノがナムチョルに攻撃したり、ジェームズのために耐えるナムチョルの姿を痛々しく表現している。ジェームズの本当の両親に関する真相は、本作を鑑賞して知ってもらいたい。

一番意表をつかれたのは、エンディングロールに実話の映像をみせているところだ。劇中で行っている出来事がそのまま再現されているのには驚き、実際の映像の方に感動してしまった。実際の映像を入れていることで、劇中に起こっていた名シーンが蘇ってくるように余韻が残り、うまい構成にしていると感じた。

【なめ犬的おすすめ度】 ★★★

作者:nameinuuuu

更新日:2008年11月19日 17時47分

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韓国映画レビュー その338 「マイ・ニュー・パートナー」

そろそろ、いつも通りに更新しようと思う。本作品は鑑賞まえに必要以上に期待し過ぎたのがいけなかったかもしれない。もっとラフな形で鑑賞していれば、変わったレビューになっただろう。tagをみてみたらアン・ソンギが一番多くなっていた。まあ、当たり前なのかな。

マイ・ニュー・パートナー
制作年:2008年
監督:キム・ジョンヒョン
出演:アン・ソンギ、チョ・ハンソン
ジャンル:アクション
鑑賞:韓国輸入版DVD


警察大学を優秀な成績で卒業したカン・ヨンジュン(チョ・ハンソン)は、ソウル警察で警察内部の不正を捜査する内部調査課で刑事をしている。麻薬事件に関わっている先輩刑事の不正をあぶりだすために、ヨンジュン刑事はその先輩刑事を利用して麻薬事件の真相と不正行為を明らかにしようとする。先輩刑事から頼まれていた資料をヨンジュン刑事が渡して、先輩刑事がその資料を持ってある人物と遊園地で接触するから刑事たちは張り込んだ。目的の資料はある人物に渡ってしまったが、先輩刑事が不正行為をしていることでヨンジュン刑事たちは現場で追い詰め、同僚刑事は自ら命を絶ってしまった。監視カメラの映像から資料を持って立ち去ったある人物が、プサンで裏世界の活動をしているユリ(ソン・ウソン)であることをつきとめた。麻薬事件の真相とユリの行方を追って、ヨンジュン刑事はプサンに出向き、プサン警察と協力して捜査することになる。そこに、プサン警察で風俗課班長をしているカン・ミノ刑事(アン・ソンギ)とヨンジュン刑事は8年ぶりに再会した。二人は父と子の関係であるが、8年間絶縁状態で息子ヨンジュンは父が母を間接的に死に追いやったと思い込んでおり父ミノを恨んでいた。かつて、カン・ミノは警察官でありながら不正行為をしたり、愛人を作って浮気をしたり、暴力をふるったりしたことで、妻でありヨンジュンの母が病で亡くなった過去がある。まだ、親子の仲が微妙な関係で、麻薬事件の真相を追うために、ヨンジュン刑事はプサン警察の風俗課の刑事たちと一緒に捜査する。そこで、ヨンジュン刑事のパートナーとなったのが、父であるカン班長である。果たして、麻薬事件の真相はどのようなものなのか、不仲な息子ヨンジュンと父ミノの関係は今後どのような展開になるのかというお話。

監督は、『スーパースター カム・サヨン』のキム・ジョンヒョン監督。
出演者は、プサン警察の風俗課班長カン・ミノを演じるのは『ラジオスター』『光州5・18 (原題:華麗なる休暇)』のアン・ソンギ、カン・ミノの息子でソウル警察の内部調査課カン・ヨンジュン刑事を演じるのは『連理の枝』『熱血男児』のチョ・ハンソン、プサン警察のペ・イルグォン刑事を演じるのは『夏物語』『覆面ダルホ ~演歌の花道~ (原題:覆面ダロ)』のチョン・ソギョン、カン・ミノ班長が息子のように可愛がるのチョン・ヨンチョルを演じるのは『卑劣な街』『暴力サーク』のチョ・ジヌン、プサン警察のナ・クムス刑事を演じるのは『宮女』のイ・ウンジ、クォン社長を演じるのは『アドリブ・ナイト (原題:とても特別なお客さん)』『優雅な世界』のチェ・イルファ、指名手配ユリを演じるのは『甘く、殺伐とした恋人』『オフロード』のソン・ウソン。

同僚刑事を死に追いやるぐらい冷徹なカン・ヨンジュン刑事と周囲から慕われているが息子のヨンジュン刑事との間に大きな溝がある父のカン班長が、ある事件を捜査するためにパートナーとして結束し、事件解決していくなかで、父子の心境を描いている。

カン班長という人物がどのようなものなのかを冒頭シーンの8年まえと現在をみせていることで、変化の違いをみせている。8年まえの視点は、息子ヨンジュンの視点だけで描くのではなく、新聞報道や警察に連行されるところをみせていることから客観的にみせていることで、息子ヨンジュンの思い違いではないことを示している。だから、プサン警察の部下たち、周辺住民、若い頃カン班長に世話になったヨンチョル(チョ・ジヌン)、カン班長の交際相手であるヨンチョルの姉ギュファ(キム・ヨジン)といった人物たちとの関係をみて、ヨンジュン刑事は驚きをみせている。

麻薬事件の流れとしては、情報を流していた先輩刑事からユリに伝わり、麻薬を牛耳るボスに伝達されて麻薬のネットワークができている。もちろん先輩刑事やユリだけが動いているわけでなく、ボスの部下や国家を守る人物たちも犯罪を担いでいるところに根が深い事件なのだ。ボスだけが敵ではなく、警察関係やその上層人物にも裏切り者が存在していることで、内部調査課のヨンジュン刑事が大きく機能しているのである。ユリの本性、ボスとユリとの関係、内部の裏切り者、ボスの正体といったところは、鑑賞しながら探って楽しんでもらいたい。

ヨンチョルというキャラクターが意外にもキーポイントになっている。普段は姉ギュファが経営している飲食店を手伝いながら、カン班長の捜査の手助けを刑事たちと一緒に協力して動いているのだ。カン班長を本当の父のように慕っているヨンチョルは、カン班長が姉ギュファと交際していることに喜んでおり、カン班長を全面的に信頼しきっている。その実子であるヨンジュン刑事にも好意的に接しているが、素っ気ない態度をとるヨンジュン刑事との関係もおもしろいところである。分岐点として、中盤にヨンジュン刑事とヨンチョルの二人っきりで敵陣内に乗り込んでいくところが、二人の関係を密にしている。

アクション作品だけあって、中盤でのヨンジュン刑事+ヨンチョル vs 中ボス+大勢の敵 という構図の戦い、終盤にもカン班長+ヨンジュン刑事 vs ボス+中ボス という構図の戦いをみせている。拳や蹴りといった肉弾戦が主になっている中で、バットやドスや銃といった道具を用いた戦いにもなっている。終盤の戦いは、親子のカン班長とヨンジュン刑事のタッグが、ある意味で敵ボスの感情を激情させる演出になっていたり、不仲なカン班長とヨンジュン刑事の関係を同時にみせている。

刑事ものアクション作品に親子の絆を含めたポピュラーなストーリーにみえた。このような作風は、アメリカ映画や香港映画で腐るほど鑑賞しているので特別な感情にはならない。ボスが誰なのかも序盤で判る展開になっているから、ボスの視点からもある程度みせている。父カン班長を演じるアン・ソンギや息子ヨンジュン刑事を演じるチョ・ハンソンよりも、裏切り者のある人物の方が一番目立っていた気がする。

【なめ犬的おすすめ度】 ★★★

作者:nameinuuuu

更新日:2008年11月15日 14時39分

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日本映画「僕の彼女はサイボーグ」を観て

簡易的に書いているのでReviewという形をとらずにちょっとした「つぶやき」にしています。レンタル版DVDで「僕の彼女はサイボーグ」を鑑賞。2008年5月末に劇場公開され、同年10月にDVD発売&レンタルされている作品。監督は、『猟奇的な彼女』『ラブストーリー』『僕の彼女を紹介します』、そして今月日本で劇場公開される『最強☆彼女 (原題:武林女子大生)』のクァク・ジェヨン監督。出演者が、主人公の「彼女」を演じるのが綾瀬はるか、大学生の「ジロー」を演じるのが小出恵介。

僕の彼女はサイボーグ
制作年:2008年
監督:クァク・ジェヨン
出演:綾瀬はるか、小出恵介
ジャンル:SFラブコメディ
鑑賞:国内版DVD

[簡単なストーリー]
20歳の誕生日、祝ってくれる友達もいないジローは、街で“彼女”と出会う。最高に楽しい一日を過ごすが、誕生日が終わる頃、彼女は姿を消してしまい、それから会うことはなかった。1年が過ぎ、去年と同じように一人で誕生日を祝っているジローの前に、“彼女”は現れた。必ずまた会えると信じていたジローは喜ぶが、再会した彼女は何だか去年と違うような…。実は、“彼女”は未来から送り込まれたサイボーグだったのだ!。(goo映画より)

[簡単な感想]
日本映画なのにクァク・ジェヨン監督のテイストが色濃く出ている作品に仕上がっているのが印象的でした。冴えない人生を送る青年ジロー(小出恵介)と、未来からやって来たサイボーグの彼女(綾瀬はるか)が繰り広げるSFラブコメディになっています。ラブコメディの点としては普通という感じになっていますが、SFの点としては良く出来ている感じがします。いろいろな漫画のアイデアを流用している感を受けましたが。単純な例えでいうと「ドラえもん」とか。評価しているところは、SF要素の土台となるタイムトラベルを数回使って、パラレルワールドをみせているところです。おそらく全部で3つの並行世界が存在するとみえました。ある程度、鑑賞者側が考えながら補充していく作品に感じられますので、少し難しくしているように思えました。

[なめ犬的おすすめ度] ★★★


3つの並行世界を簡単に述べると①~③のような形がみえてきます。
でも、これが正解だかわかりませんから、ボクはこのように解釈したとしておきます。

① 2008年にジローがレストランで無差別殺人鬼(田口浩正)によって重傷、2069年に彼女(サイボーグ)を開発して、老いたジローが亡くなるまで。

② 2069年にジローが亡くなった後、タイムトラベル機能を搭載している彼女(サイボーグ)が2008年にやって来て、レストランで無差別殺人鬼から救い、二人の生活が始まり、東京大地震で彼女(サイボーグ)が重傷になり、2069年に彼女(サイボーグ)の修理完了、2133年に彼女(人間)が自分にそっくりの彼女(サイボーグ)をオークションで購入し、2007年の過去に彼女(人間)がタイムトラベルして1日だけジローと過ごして彼女(人間)が再び未来に戻るまで。

③ 2133年に存在している彼女(人間)が東京大地震の現場に現れるてからの世界。

矛盾するシーンがあるようにみえますが、よく考えてみると辻褄が合っているようにみえます。幾つかの法則を使うことで解消されますから。1シーン1シーンの細かいところの説明は長くなるので避けます。ジローの幼少の時代設定とか、2133年で彼女(人間)と女友達(吉高由里子)が韓国語をちょっと話したり、といった幾つかのツッコミどころはありますけど。


[図解で表現]


①の基本となる現実世界

時間軸 ──+──+─+────+───────+─────→①の現実世界
      2007 2008       2069        2133
            :          :
            :          2.ジロー死亡、彼女(サイボーグ)を開発
            :
            1.ジローがレストランで重傷


②のパラレルワールド

        6.彼女(人間)が1日だけジローに会って戻る
           (順序的には2007年は「0」にも相当する)
        ┌─────────────────┐
        │ 1.彼女(サイボーグ)がタイムトラベル │
        │   ┌──────┐          │
        ↓   ↓         |start      ↓
時間軸 ──+──+─+────+───────+─────→②のパラレルワールド
      2007 2008  :     2069        2133
            :   :      :           :
            :   :      :           5.彼女(人間)が
            :   :      :             彼女(サイボーグ)を購入
            :   :      :
            :   :      4.ジロー死亡、彼女(サイボーグ)の修理完了、
            :   :       彼女(サイボーグ)はタイムトラベルしない
            :   :
            :   3.東京大地震で彼女(サイボーグ)が重傷
            :
            2.彼女(サイボーグ)とジローが接触


③のパラレルワールド

        6.彼女(人間)が1日だけジローに会って戻る
           (順序的には2007年は「0」にも相当する)
        ┌─────────────────┐
        │ 1.彼女(サイボーグ)がタイムトラベル │
        │   ┌──────┐          │
        ↓   ↓         |start      ↓
時間軸 ──+──+─+─●──+───────+─+───→②のパラレルワールド
      2007 2008  :  │  2069        2133 │
            :   :  │   :           :  │
            :   :  └──:────────:─│───→③のパラレルワールド
            :   :      :           :  │
            :   :←───:────────:─┘7.彼女(人間)が
            :   :      :           :       ジローの前に現れる
            :   :      :           :
            :   :      :           5.彼女(人間)が
            :   :      :             彼女(サイボーグ)を購入
            :   :      :
            :   :      4.ジロー死亡、彼女(サイボーグ)の修理完了、
            :   :       彼女(サイボーグ)はタイムトラベルしない
            :   :
            :   3.東京大地震で彼女(サイボーグ)が重傷
            :
            2.彼女(サイボーグ)とジローが接触


【補足】
テキスト形式で図を書いたので見づらくてすみません。

作者:nameinuuuu

更新日:2008年11月13日 15時56分

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韓国映画レビュー その337 「旅人は休まない (原題:旅人は道でも休まない)」

ここのところ80年代のおもしろかった作品を連発でアップしている。古い作品をアップしている意図として、まだまだ韓国映画の中に良作が埋まっていますよって感じで紹介している。俳優重視で鑑賞している方々には無視されるのはわかっていてアップしている。
本作は、鑑賞者側が考えて理解していく作品だから、そのような作風が好きな人には楽しめるであろう。

旅人は休まない (原題:旅人は道でも休まない)
制作年:1987年
監督:イ・ジャンホ
出演:イ・ボヒ、キム・ミョンゴン、コ・ソルボン
ジャンル:ヒューマンドラマ
鑑賞:国内版Video


公務員のヤン・スンソク(キム・ミョンゴン)は、3年まえに妻を交通事故で亡くしている。スンソクの妻は、北朝鮮出身で朝鮮戦争時に戦災孤児として韓国に残って生活していた経緯がある。妻の遺骨を故郷(北朝鮮)に埋葬しようと旅に出たスンソクは、国境線を越えることが出来ず、妻の骨壷を抱きながら放浪を続けていた。妻の遺骨を故郷に埋葬しようと江原道の東海岸に行って、波に乗って遺骨が北側に流れることを考えていたところに警備兵に職務質問されて、スンソクは遺骨を持ったまま近くの宿に向かった。その宿には、寝たきりとなった老実業家(コ・ソルボン)と看護婦のチェ(イ・ボヒ)がいた。老実業家は、北朝鮮出身で帰郷することを強く思い、豪邸で付きっきりで看護していた看護婦チェが老実業家の思いを実現するために連れ出し、国境に近い江原道にきていた。スンソクは、宿の主人から二人の希望を叶えるために目的地の月山まで連れていってほしいと依頼されるが断る。その夜、旅先で知り合った人たちから酌婦を紹介されたスンソクであるが、女遊びをする気分になれずに酌婦とは少し部屋で会話するぐらいで別れ、旅人が集っていた部屋にいって気晴らしに花札をしていたスンソクであるが、そこに突如さっきの酌婦が現れて発作を起こして死んでしまった。心にシコリを残したスンソクは、再び放浪するために宿を発つ。一方、無断で外出した老実業家と看護婦チェを連れ戻そうとする老実業家の息子の部下が、二人の行方を調べて追いかける。それを知らずに老実業家と看護婦チェは目的地に向かって移動していた。そんなとき、スンソクと看護婦チェは再び出会うことになり、二人は交流を深める。今後、彼らにどのような出来事があるのかを描いたお話。

監督は、『膝と膝の間』『外人球団 (原題:イ・ジャンホの外人球団)』のイ・ジャンホ監督。
出演者は、妻を亡くしたヤン・スンソクを演じるのは『馬鹿宣言』『哀恋妃 (原題:於宇同)』のキム・ミョンゴン、看護婦のチェを演じるのは『アガタ』『外人球団 (原題:イ・ジャンホの外人球団)』のイ・ボヒ、老実業家を演じるにのは『胸を張って』のコ・ソルボン。

亡き妻の遺骨を故郷に埋葬しようとするスンソクの旅、死が近づく老実業家が故郷に戻りたいという希望を看護婦チェが叶えるために二人で目的地まで進む旅といったロード・ムービーである。共に故郷は北の地であり、国家が分断したことで故郷に帰れない悲哀を描いている。

時間軸の設定を色彩を使って表現されているのだ。赤みかかった映像は現在や現実を示しており、青みかかった映像は回想や幻想を示している。この映像技術によって、スンソクの心情が繊細に表現されており、看護婦チェの存在や行動も同じように繊細に表現されているのだ。

ストーリーが進行していくことによって、スンソクの行動、看護婦チェと老実業家の行動が徐々にみえるように作られている。スンソクと看護婦チェが背負っているものを回想シーンを入れながら心情をみせて、二人は出会うべきして出会っているのが見えてくる。序盤の宿での出会い、中盤で旅の途中での再会、終盤での二人で新しい生活を始めようしている再会である。終盤での二人がどのような関係になっているのかは、かなり神秘的に表現しているから考えさせるような作りになっている。

スンソクと看護婦チェは、亡き妻の遺骨や老実業家を故郷に戻すという共通した目的を持っているのだ。そこに絡むのが、共通して心に潜んでいる故郷への想いだ。行きたくても現実として自由に行き来できない北の地を何とかしようとしている。政治思想などが絡んでおらず、純真に故郷を想うだけなのだが、大きく遮断されているのだ。ここで、中盤から終盤の表現をみて、肉体が故郷に戻ることができなくても、魂だけども故郷に戻るという言わば信仰に近いものを感じる。信仰も土俗的な風土にみえて、終盤に登場する巫堂(呪い師)たちの存在が強烈に感じるであろう。

全体的に多くは語らずに映像から読みとっていく作品になっていることで、鑑賞者側に負荷がかかるようになっている。表面的には、南北の分断から起こった悲劇、妻との死別、死に際の老人の想いを背負う看護婦といった感じになるが、深いところに切り込むとスンソクの妻を看護婦チェとダブらせるようにしていたり、登場人物の心情をデリケートに扱っていたり、神秘的な表現をどのように捉えるかといった、かなり難しい作品になっている。

【なめ犬的おすすめ度】 ★★★★

作者:nameinuuuu

更新日:2008年11月9日 13時32分

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韓国映画レビュー その336 「アダダ」

時代設定が日本統治下の朝鮮でも、日本にほとんど触れていないことで、政治的な意図が全くなく、人間の心を扱う作品になっている。

アダダ
制作年:1987年
監督:イム・グォンテク
出演:シン・ヘス、ハン・ジイル、イ・ギョンヨン
ジャンル:ヒューマンドラマ
鑑賞:国内版Video


1920年代、日本統治下の朝鮮の片田舎が舞台。土地の有力者で名門両班の娘アダダ(シン・ヘス)は、聾唖(耳がきこえず話せない)であるために嫁ぎ先が決まらないでいた。ようやく貧しい両班ヨンファン(ハン・ジイル)との縁談が決まり、両親はアダダに持参金を持たせて嫁がせた。アダダの持参金で田畑を買い入れ、アダダ、夫ヨンファン、ヨンファンの父(パク・ウン)や母(キム・ジヨン)といった舅姑、召し使い、親族たちは必死に働いたおかげで生活が安定した。アダダと舅姑の関係も本当の親子のように可愛がってくれて幸せな結婚生活であった。だが、ヨンファンが町に買い物に行ったときに、学生時代の友人が都会で事業に成功して金持ちになっており、その友人と一緒に食事したことから性格が変わってしまい、悪い女遊びや毎晩酒に酔って帰ってくる。やがて、家族全員で稼いだお金を持って、ヨンファンは家を出て行ってしまう。ヨンファンが不在のなか、家族たちはコツコツと田畑で働いていた。数年が過ぎて、ヨンファンは都会で成功して帰郷するが、妾ミオク(カン・ジョンア)も連れてきた。始めのうちはアダダの味方をしていた舅姑であるが、物欲に負けてヨンファンに丸め込まれてしまった。居場所を失うアダダは実家に戻るが、アダダの父は結婚した嫁は決して戻ってきてはいけないと言って家に入れてくれず、行き場のなくなったアダダは幼馴染で貧乏のスリョン(イ・ギョンヨン)が助けてくれて一緒に住むようになる。果たして、このまますんなりとアダダは幸せを手に入れることができるのかというお話。

監督は、『キルソドム』『シバジ』のイム・グォンテク監督。
出演者は、聾唖のアダダを演じるのは本作スクリンデビューのシン・ヘス、アダダと結婚したヨンファンを演じるのは『赤いさくらんぼ2』『キルソドム』のハン・ジイル、アダダの幼なじみスリョンを演じるのは『燕山日記』のイ・ギョンヨン、ヨンファンの父を演じるのは『冬女』のパク・ウン、ヨンファンの母を演じるのは『膝と膝の間』『キルソドム』のキム・ジヨン、アダダの父を演じるのは『キルソドム』『黄真伊』のチョン・ムソン、アダダの母を演じるのは『キルソドム』のキム・ボッキ、ヨンファンの妾ミオクを演じるのは『女と男 愛の終着駅 (原題:我々は今ジェノバへ行く)』のカン・ジョンア。

冒頭の手話のシーンは衝撃的であり、まさにこの作品の根底に当たるところを始めから痛切に訴えている。その中身はアダダが手話で、「聾唖の私は、肉体的には障害者であるが、精神的には健康です。しかし私の周りの人たちは肉体的には健常でも、精神的には障害者でした」(ここはうる覚えなので正確には合ってないかもしれない)といった魂の叫びがラストシーンで蘇ってくるはずだ。

アダダと結婚したヨンファンやその家族たちは、温かく接してくれて、本当に幸せに暮らしていたのだ。聾唖のアダダであるが、漢字やハングル文字が理解できることで教養があり、さらにヨンファンは世の中の情勢を考えて日本語のカタカナをアダダに教えていくのだ。話せないだけで、献身的な性格で嫁としては申し分ないアダダなのだ。

この幸せも長くは続かず、ヨンファンが家出をして中国大陸でアヘンの商売が成功して、成金になって妾ミオクまでも連れてきて、本妻のアダダは完全に邪魔者扱いしているのだ。舅姑に物を与えて贅沢を覚えさせ、家まで改築する始末で、贅沢三昧なのだ。舅姑の変わりようが尋常じゃなく、あまりにも醜くみえるであろう。完全に拝金主義になってしまったヨンファンたちの変貌をどのように捉えるかである。

ヨンファンからも実家からも見放されたアダダを救うのが、幼なじみのスリョンなのだ。スリョンは、序盤のシーンで登場しておりアダダに対して恋心があるのがわかるはずだ。しかも、スリョンはアダダと同じように聾唖の妹がいたが7歳で餓死した経験があることで、余計にアダダを愛しているのである。贅沢なんかしたくなく質素な暮らしを望んでいるアダダに、またしても同じようなことがスリョンとの間で起こるのだ。

この作品には多くの要素が詰まったものになっている。いくら名家のお嬢様でも障害を持っていると嫁ぎ先がなかなか見つからないという、ある種の偏見に満ちた社会をみせている。そして、両班の名家が嫁を出すときに、嫁ぎ先から戻ってくることは許されない掟が厳しく表現されている。アダダの父がアダダを追い払うシーンは、非情に見えるが親心が鮮明に表現されており、目に涙をためてこのような仕打ちをしているのだ。どんな条件でも、両班の因習に逆らえない考え方で、系譜をかなり重いものなのがみえる。さらに、金欲というものが純真だったスリョンまでも変貌させる恐ろしいものなのかを駄目押しのように強調している。決して、可哀想な女性アダダという解釈で終わってしまってはいけない。ラストシーンのアダダの行動をみると、拝金主義になる男に対して憐れんでいるのがみられる。精神的な強さをみせていることで、肉体的に消滅してもアダダと関わった者は一生精神的な苦痛と後悔を背負うからだ。アダダが体を張って、人間の脆さをこれでもかと見せつけている。

【なめ犬的おすすめ度】 ★★★★

作者:nameinuuuu

更新日:2008年11月6日 11時23分

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韓国映画レビュー その335 「ハラギャティ (原題:羯諦羯諦波羅羯諦)」

韓国輸入版DVDの作品、映画祭の作品、インディペンデント作品といったマニアックな作品を中心に取り上げていることでかなり偏ってきたブログにみえてきた。アクセス数や人気度を気にしていないことで、かなり自己的なものになってきた気がする。そこで、何をアップしていくか悩んでいるが、良作を選択すると自分自身が影響を受けた80年代の作品になってしまう。
10数年まえに鑑賞した作品で、最近久しぶりに鑑賞したこの作品にした。当時は知識不足なために難しくて理解しきれていなかった。時が経って自分自身の知識の幅が広がってきたことで、だいぶ理解できるようになった。

ハラギャティ (原題:羯諦羯諦波羅羯諦)
制作年:1989年
監督:イム・グォンテク
出演:カン・スヨン、チン・ヨンミ、ユ・インチョン、ハン・ジイル
ジャンル:ヒューマンドラマ
鑑賞:国内版Video


高校生スンニョ(カン・スヨン)は、金貸しの仕事をしている母と二人暮らしである。父は出家して僧侶になっているからである。スンニョの学校に、生徒から人気者のヒョン・ジョン先生(ユ・インチョン)がやってきた。女子生徒から憧れの存在としてみられているヒョン・ジョン先生は、休日にふらりと小旅行に行くために駅にいたところ、教え子のスンニョが接触し、一緒に旅をすることになる。ヒョン・ジョン先生は、真面目な先生で歴史的建造物や遺跡などをみてまわり、スンニョに対して真剣に説明し、やらしい気持ちなどなく同じ宿に泊まって帰ってきた。だが、この出来事がベテランの女先生が知りスンニョに説教をし、何も不祥事を起こしていないのにスンニョは退学になり、ヒョン・ジョン先生は辞表を出した。家庭への不満や退学になったこともあり、スンニョは尼寺に行き、寺院主(ユン・インジャ)の許しがでて、尼僧として修行することなる。スンニョより少しまえに尼僧になったジンソン(チン・ヨンミ)は、スンニョと同年代なこともあって一緒に修行することが多かった。寺院主は、ジンソンに知識を増やすために大学に進むように言われて寺を一度離れて、寺院主の世話をスンニョに託した。尼僧たちが山で修行しているところに、自殺志願者のヒョヌ(ハン・ジイル)が現れ、スンニョがヒョヌを助けたことで、ヒョヌはスンニョにしつこく付き纏う。寺院主は、スンニョに寺の秩序が保たれないことを言われて、一度寺から離れることになる。その後、スンニョはヒョヌと付き合うようになる。だが、仕事中の事故によってヒョヌは亡くなり、その後もスンニョと付き合う男たちは不幸になっていく。スンニョの苦難な人生を描きながら、仏教の世界観からみた苦悩する人々たちを描いたお話。

監督は、『シバジ』『アダダ』のイム・グォンテク監督。
出演者は、尼僧のスンニョを演じるのは『シバジ』『青春スケッチ (原題:ミミとチョルスの青春スケッチ)』のカン・スヨン、尼僧ジンソンを演じるのは本作スクリンデビューのチン・ヨンミ、学校の先生のヒョン・ジョンを演じるのは『燕山日記』『アガタ』のユ・インチョン、自殺志願者のヒョヌを演じるのは『キルソドム』『アダダ』のハン・ジイル、スンニョの父で僧侶チョン・ウンボンを演じるのは『キルソドム』『アダダ』のチョン・ムソン、寺院主を演じるのは『米』『赤いマフラー』のユン・インジャ。

尼寺を中心とする仏教を題材にした内容で、そこに二人の尼僧スンニョとジンソンに起こる出来事を仏教的な視点を踏まえて表現されている。尼僧スンニョの壮絶な人生を描いているのが主であるが、同時に尼僧ジンソンが真面目に修行に励みスンニョとは反対の角度で世界を表現しているのだ。

スンニョと関わる男性たちは、全てが不幸になるのだ。まだ尼僧になるまえの学生時代、真面目なヒョン・ジョン先生がスンニョと一緒に旅するが、熱心に歴史を教えていたし下心が全くないが、同じ宿に泊まったことが原因で二人とも学校から消えることになる。ヒョン・ジョン先生は、中盤あたりである本の著者として、スンニョに影響を与える人だから覚えておいて欲しいところだ。尼僧になったのに寺を出て行く原因になった人物が自殺志願者ヒョヌである。彼の人生も酷い道程であり、両親が共産ゲリラであったことで周囲から差別されて育ってきており、今まで強盗や強姦を犯してきたが、スンニョに出会ったことで精神が変わっていき、一緒に生活するのである。真面目になったヒョヌは鉱夫として生活が安定し、スンニョも妊娠して喜んでいたが、仕事中にヒョヌは亡くなってしまい、スンニョも妊娠したが死産になってしまった。それだけでなく、両足を切断した男と結婚したが1年後に夫が死亡したり、子持ちの救急車の運転手が腹上死したりと、次から次へと不幸が続いていくのだ。

スンニョと対照的な存在なのが尼僧ジンソンである。尼寺を一度離れて、大学に通っているときに出会うキリスト教徒の男性との宗教観の争論は、非常に深いものを感じる。西洋的な思考のキリスト教と東洋的な思考の仏教とは、大きく違うものだ。キリスト教徒は何故布教活動に必死なのかがよくわからない。宗教観は、人それぞれ持っているものだから、何を信じようと自由だし、他人に押し付けるようなものではないと思っている。ジンソンがしっかりとした考えでキリスト教徒の男性に言い返しているのは、同調できるところである。ジンソンは、大学での勉強を終えると直ぐに尼僧として寺に戻って修行し、仲間の尼僧と旅に出て修行するといったかなり熱心な尼僧なのだ。実際に仏教の教えに反することを実行するが、それが何を意味しているのかをしっかりと仲間の尼僧に説明しているのをみて感心してしまった。

尼僧から看護婦まで職業を変えているスンニョは、苦しい人生において前を向いて悲観的にならずに生きているのだ。今まで結びついた男たちの魂をスンニョが全て背負っているようにも感じとれる。ラストにスンニョがある事情で再び寺に戻るのであるが、ある物を持って再び寺を離れていくのである。ここでは、その男たちの希望を抱えて前に向かって生きていくことを示しているのであろう。可哀想ではあるが、スンニョは煩悩の束縛から解き放すことができないと感じてしまった。

仏教の教えに関する事柄を寺院主や尼僧ジンソンが語っているシーンが多くでてくる。この作品の原題も般若心経の一節だし、劇中にも経を唱えるシーンが出てきたり、仏法などが出てきて宗教色が強い内容になっている。スンニョやジンソンに起こっていることが何を意味しているのかを深く追求していくと、この作品の神髄がみえてくるのだろう。

【なめ犬的おすすめ度】 ★★★★

作者:nameinuuuu

更新日:2008年11月3日 14時57分

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韓国映画レビュー その334 「クロッシング」

これで東京国際映画祭(協賛&提供企画も含む)の韓国ものレビューを書き終えた。この作品は一般上映されるから、観たい人は少し待てばスクリーンでみれるでしょう。重い内容になっているからちょっと疲れた。

クロッシング
制作年:2008年
監督:キム・テギュン
出演:チャ・インピョ、シン・ミョンチョル
ジャンル:ヒューマンドラマ
鑑賞:第21回東京国際映画祭


北朝鮮の炭鉱村で、炭鉱で働いている元サッカー選手の父ヨンス(チャ・インピョ)、母ヨンファ(ソ・ヨンファ)、11才の息子ジュン(シン・ミョンチョル)、ペットの白い犬を飼って幸せに暮らしていた。中国を行き来して密貿易をする友人宅の家に遊びにいったヨンス一家たちは、テレビで南朝鮮のサッカーの試合をみたり、贅沢品を買ったりして、ヨンス一家よりもかなり裕福な生活をしている。その家は、ジュンが通っている小学校の同級生ミソン(チュ・ダヨン)の家であり、密かにジュンはミソンに恋心を抱いている。ある日、妊娠したヨンファが栄養失調で結核にかかってしまい、結核を治す薬が北朝鮮で手に入らないことから、ヨンスは中国に不法入国して薬を買ってこようと考え、中国と北朝鮮国境の豆満江を渡って中国にたどり着く。ヨンスは中国に渡ったのはよいが、中国警察の厳しい脱北者への取り締まりから逃げる日々が続き、ある取材を受ければお金がもらえるという甘い言葉に騙され、藩陽まで行ったヨンスたちはドイツ大使館へ駆け込み、亡命者として韓国に渡ることになる。このことで妻ヨンファや息子ジュンのいる北朝鮮に戻ることが出来なくなってしまった。一方、北朝鮮で父ヨンスの帰りを待つヨンファとジュンであるが、ヨンファの病状が悪化して亡くなってしまい、両親が不在になり経済的に厳しくなったジュンは家を出て浮浪児として路上生活することになった。何とかして家族に再会したいヨンスは、ブローカーに協力してもらい、家を離れたジュンの居場所をつきとめ、お互いにブローカーを通して何とか二人を会わせようとする。約束した場所モンゴルでヨンスとジュンの親子は再会できるのかというお話。

監督は、『オオカミの誘惑』『百万長者の初恋』のキム・テギュン監督。
出演者は、炭鉱で働く父キム・ヨンスを演じるのは『木浦は港だ』『韓半島』のチャ・インピョ、11才の息子ジュンを演じるのは『小さな池』のシン・ミョンチョル、ジュンの同級生ミソンを演じるのは『ブラザーフッド (原題:太極旗を翻して)』『霊 -リョン- 』のチュ・ダヨン、ヨンスの妻ヨンファを演じるのは『リターン』『スーパーマンだった男』のソ・ヨンファ、サンチョルを演じるのは『M』『追撃者』のチョン・インギ。

脱北者の父子の過酷な運命を描き、北朝鮮の実態に迫るストーリーになっている。多くの脱北者から情報を得て、北朝鮮の内情を調査して、実話を背景に制作された作品らしい。近年では親北的な作品が多いなかで、北朝鮮の闇の部分に突っ込んで残酷に描いた点としてはおもしろいところである。

冒頭では密貿易していたミソンの両親が当局に逮捕されたり、ヨンファの体調不良のために愛犬を鍋にして食べたり、ヨンスが中国に行っている間にヨンファが亡くなったり、浮浪児として路上生活するジュンといった衝撃的なシーンをみせている。この作品が脱北ものとして珍しいのは、北朝鮮でも地方を舞台にしているところで、現地を中心に描いているところだ。炭鉱の村の人々をみせたり、井戸水を使った生活、物品が少ない市場、多数の浮浪児たちの生活、反政府収容所といった韓国映画ではあまり表現しないところに切り込んでいる。日本のニュースで隠しカメラを使って現状の北朝鮮の姿といった特番を放送しているが、あれに近い映像をみせているのだ。

中国と北朝鮮国境の豆満江を渡っていくシーンとして、二つのシーンをみせている。父ヨンスの時とジュン&ミソン&むかつく浮浪児の時である。川を泳いで中国側に行くルートであるが、国境沿いだから北朝鮮側にいる兵士、中国側にいる兵士といった二つの難所を突破していかなければいけないのだ。結果的には、ヨンスは成功でジュンは失敗という形をみせているが、成功しても失敗してもどっちも厳しい現実が待っていることをみせているのだ。

「死」というものをみせて悲しみを刺激しているのが多々みられる。愛犬の死、母ヨンファ、初恋相手のミソン、亡命しようとする脱北者を容赦なく銃で撃つ兵士、遺体を物のように扱う兵士たちである。「死」を日常として捉えている感覚をみせているのかもしれない。感覚の麻痺をどこまでみせるのかも見せ所かもしれない。

脱北ルートとして、ヨンスのように藩陽の外国の大使館に入って第三国に亡命する方法をとるのが多いが、本作ではジュンがモンゴルに行くルートを取っているのがなかなか新鮮にみえた。近年では中国を南下して東南アジアのラオスやタイまでいくルートを使っているからだ。北朝鮮と国境を接している国は、韓国と中国とロシアがあるが、何故ロシアルートを使わないのかが疑問に思っている。拘束されることを恐れていることや寒さの問題があると思うが、夏場限定ならシベリア地域も暖かいから気候の問題は解消できるであろう。試しに、ロシア側へ脱北して北上していき、ベーリング海を渡ってアメリカ領土のアラスカに行くルートをしてもらいたい。中国-モンゴル間の灼熱のゴビ砂漠をいくルートもかなり過酷だと感じたからだ。

父子の感動もの、北朝鮮の現状、亡命としてはおもしろい題材で作られた作品だと感じている。実話をベースにしているようだが、どこまで実話を用いているのかが疑わしいところだ。違和感のある数々の表現されたシーンがあるからだ。ヨンスが韓国に行くまでの心情と行動、宗教、反政府収容所、ジュンの所在をみつけるブローカー・・・ときりがないが現実を考えると無理があるのがわかるはずだ。ジュンの所在をみつける優秀なブローカーが存在するなら、北朝鮮に捕らわれている日本人拉致被害者をみつけて欲しいものだ。

全体的に重たい内容になっていることで悲惨な運命を強調しているように感じた。亡命する過程や家族愛や悲しい初恋をアピールされている。同じ民族である韓国人が観たときにどのような感情を抱くのかを知りたいところである。

【なめ犬的おすすめ度】 ★★★

作者:nameinuuuu

更新日:2008年10月29日 19時21分

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韓国映画レビュー その333 「銀河解放戦線」

これも、東京国際映画祭で鑑賞してきた作品。ティーチ・インがない時間枠で鑑賞した。理由は『クロッシング』と連続で鑑賞したいためである。これもマイナー作品&低予算&韓流スターなしといった作品である。同じ★2つの評価である『モーツァルトの街』の方がよかった気がする。『キャラメル』(レバノン映画) → 『銀河解放戦線』→ 『クロッシング』という順番で鑑賞したこともあり、前後の作品が面白かったことで余計に本作が残念な内容にみえた。次回は脱北もの『クロッシング』のレビュー。

銀河解放戦線
制作年:2007年
監督:ユン・ソンホ
出演:イム・ジギュ、イ・ウンソン、パク・ヒョックォン、ソ・ヨンジュ
ジャンル:コメディ
鑑賞:第21回東京国際映画祭


若手のインディーズ映画監督ヨンジェ(イム・ジギュ)は、日本のアイドル女優を起用して新作の企画を練っていた。いつもヨンジェを支え、おしゃべりなヨンジェの話しに耳を向けてくれた彼女ウナ(ソ・ヨンジュ)と破局してしまった。豪華な出演者や資金調達を果たそうと準備していたヨンジェであるが、新しい脚本が書けなくなりストレスによって失語症になってしまう。日本の映画会社と交渉しなければならないことで、ヨンジェは俳優ヒョックォン(パク・ヒョックォン)を同席させてヨンジェが話せない代わりにヒョックォンが腹話術で会話する方法で交渉に挑んだ。だが、双方の考え方が違うことで交渉はうまくいかない。悩みながらも新作を撮るヨンジェは、スタッフたちと共に苦労しながら、映画を制作していくお話。

監督は、本作デビューのユン・ソンホ監督。
出演者は、若手映画監督のヨンジェを演じるのは本作スクリンデビューのイム・ジギュ、耳が不自由な女性ウンソンを演じるのは『多細胞少女』『なつかしの庭 (原題:古い庭園)』のイ・ウンソン、俳優ヒョックォンを演じるのは『恋の罠 (原題:淫乱書生)』『浮気するのにいい日』のパク・ヒョックォン、ヨンジェの彼女ウナを演じるのは『親切なクムジャさん』『グエムル』のソ・ヨンジュ、ウンギョンを演じるのは『夏が過ぎゆく前に』『奇談』のキム・ボギョン。

インディーズ映画監督が、限られた資金から豪華な出演者を起用できないこと、制作費が少ないことで資金調達をしたり、撮影期間での映画スタッフたちや俳優たちとの関係を描き、映画が完成していくプロセスをみせている。

自分の世界に酔いしれるヨンジェと彼女ウナとの関係は終わってしまうのであるが、それを表現するのに日本人キャスト(本当に日本人かは不明)と日本語を用いたストーリーによって映し出されて、そこからフレームが変わって現実に切り替わる手法でみせている。二人の恋人関係は破局するが、映画撮影しているヨンジェのところに差し入れを持ってくるウナをみると完全には二人の関係が終わっているのではない。だが、そこでヨンジェはウナの気持ちを害するような行動や言葉を浴びせて怒らせてしまうのだ。ヨンジェの言動をみているとかなりの変人っぶりを感じるであろう。

映画制作の苦労を監督や俳優たちやスタッフたちを交えながら表現されている。ある種、映画のメイキングシーンをみせられているように感じとれる。撮影シーン、食事の席での会話、ヨンジェと女性との情事、ヨンジェの失語症の症状などである。ヨンジェの奇妙な失語症をコメディタッチで描いているのだ。「ピー」っていった機械音のような声であったり、拡声器を通して声を発するとしっかりとした言葉が出たり、おかしなオモチャのような感じで周囲の人たちはヨンジェをイジっているのだ。コメディだがら、観客によって笑いのツボが違うから面白く感じる人もいれば、詰まらなく感じる人もいるであろう。

個人的には笑えるシーンは少なかったが、印象的に残るシーンとしてはヨンジェが制作した作品を映画祭に出品して上映後にティーチ・インをしたところである。舞台に登場する前に控え室で、俳優ヒョックォンが困っていたところにヨンジェが「疎通」という言葉を使うことをアドバイスして、本番でなんでも「疎通」を絡めるコメントを連発しているのは面白かった。コメディ要素も韓国と日本と差があるように感じるところがみられた。例えば、ヨンジェの作品の題名(本作の題名と同じ)に示している「銀河」って韓国語だとウナと読むから、ヨンジェがシム・ウナに出演してもらうかといった冗談、バレバレの某映画祭名に「ピー」を入れたり、ちょっとした遊びを入れているところを笑いと感じとれるかである。

日本絡みの内容を多く取り入れているのが目立つのだ。序盤のヨンジェと恋人ウナとのシーンもそうであるが、日本人の映画関係者との交渉、日本側が要望しているものと相違があるところ、日本と韓国のズレをみせている。韓国の監督が持っているビジョンと日本側が期待しているビジョンが違うのは、作品の中だけでなく現実でもそう感じてしまう。また、それ以上に日本の映画関係者と日本の鑑賞者とのズレもあるのが現実だと思い、日本の鑑賞者でも特定の俳優だけをみたり、単に映画という娯楽を楽しんだり、韓国ものなら何でも観るなどなど様々な条件で韓国映画を楽しんでいる人たちがいるからだ。

ウンソン(イ・ウンソン)が主となるところが終盤なので、もう少し前の段階で何らかの形で登場できなかったのかと思ってしまう。映画祭サイトや公式パンフの画像では、ヨンジェと変な鎧を着るウンソンが写っていることで二人が主人公で進行するようにみえるからだ。ヨンジェとウンソンとの関係は終盤でないとみえない構成になっているのだ。

ストーリー構成が異色なところ、ヨンジェの言動、映画制作の裏側、それにコメディを随所に絡めていることで、かなり個人差がでる作品になっている。

【なめ犬的おすすめ度】 ★★

作者:nameinuuuu

更新日:2008年10月25日 19時1分

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韓国映画レビュー その332 「モーツァルトの街」

早速、東京国際映画祭で鑑賞してきたこの作品のレビュー。監督とプロデューサーがティーチ・インに来ていた。監督の話しが長いこと。韓国語通訳と英語通訳もいたので、通訳泣かせだな。マイナー作品&低予算&韓流スターなしといった作品だから、俳優目当てで鑑賞に来ている人はいなかった気がする。これを日本で一般公開したら、かなり配給会社は勇気がいるだろう。

モーツァルトの街
制作年:2008年
監督:チョン・ギュファン
出演:オ・ソンテ、チョ・ユラン、ソニア・クリンガー
ジャンル:ヒューマンドラマ
鑑賞:第21回東京国際映画祭


スロバキア人のピアニストのサラ(ソニア・クリンガー)がソウルに小旅行でやってきた。ピアニストとして小さな会場でモーツァルトの曲を演奏する彼女であるが、この街に住んでいる人たちが抱えている気持ちがみえないでいる。不法労働でクリーニング屋で働いている黒人夫婦のエトゥ(ブレイズ・グバト)とアヨ(アング・グバト)は、社長に低賃金でこき使われているが、家族のために我慢して働いている。交差点近くで小さな売店を営んでいるジウォン(チョ・ユラン)は、夫が3年前に黙って出て行ったきり帰ってこないがそれでも夫を信じて待っている。そんな彼女は、仕事の合間に気晴らしに売店からみえる通行人をカメラで撮っている。ヤミ金業者兼ナイトクラブの経営者であるイルワン(オ・ソンテ)は、いつも高級スーツを着こなして債務者からお金を回収したり、ナイトクラブの経営状態を気にかけている。ピアノ調律師のドクサン(パク・スンベ)は、父の仕事用の大型バスを乗りまわす。イルワンのナイトクラブで働いているマダム(ムン・ヒョンジュ)は、今の経営状態に苦しんでいる。ソウルの街で生活している様々な人たちが、深い悲しみと孤独を感じて葛藤している。そんな人たちが、どのような運命をたどるのかというお話。

監督は、本作デビューのチョン・ギュファン監督。
出演者は、ヤミ金業者をしているイルワンを演じるのはオ・ソンテ、売店の女性店員をしているジウォンを演じるのはチョ・ユラン、アフリカ系黒人の不法労働者エトゥを演じるのはブレイズ・グバト、アフリカ系黒人の不法労働者アヨを演じるのはアング・グバト、スロバキア人のピアニストのサラを演じるのはソニア・クリンガー、ピアノ調律師のドクサンを演じるのはパク・スンベ、ナイトクラブのマダムを演じるのはムン・ヒョンジュ。
韓国人の俳優は主に演劇界で活躍している役者、外国人の俳優はソウルに在住している素人を起用している。

旅行者からみた視点というのをコンセプトになっており、街で生活している様々な気持ちを抱えている人たちに起こっていることを表面的にみる旅行者、当事者の街の住人がみせる心情を切々と描いている。

売店の店員ジウォンとヤミ金業者イルワンとピアノ調律師ドクサンの微妙な恋の前触れ、イルワンの周囲に関わるナイトクラブのマダムやチンピラ二人や闇取引する刑事や債務者らとの絡み、不法労働者のエトゥとサラの不法解雇や彼らの事情、旅行者の視点としてピアニストのサラがみた街といった具合に幾つかのストーリーを並列に進行する構成になっている。それぞれの登場人物がどのように繋がっているのか、各登場人物の心情をどのように扱っているのかをみていくところであろう。

売店の店員ジウォンは、突然3年前に消息不明になった夫を待ち、姑からの電話に困り、それでも夫を待つが寂しい生活を送っているのだ。夫に対する気持ちとしては売店の後方に結婚写真が大事に飾られているところからわかる。一応はジウォンを中心に人物たちが繋がるように構成されており、序盤と終盤で強調しているのが常にみせている売店に飾られた通行人の写真なのだ。そこには、イルワン、ドクサン、エトゥ、サラらの日常が写されたものであり、幾つもの写真が飾られていることで、ちょっとした地図のような表現にもみえる。そんなジウォンと関わるのは、ジウォンに興味を持って食事に誘う青年ドクサン、酔っ払い客を追い払ってくれた紳士的なイルワンである。ジウォンの心情を大きくみせているのは、青年ドクサンとデートをして、流れによって宿で休憩するところである。そのまま寂しさを紛らわすためにドクサンと寝てしまうのか、夫を裏切ることへの踏ん切りがあるか、それとも迷う感情を堪えるのかといったころである。

もう一人の中心人物になっているのが、ヤミ金業者のイルワンである。ビシッとスーツを着こなすイルワンは、自分のナイトクラブからお金を請求するチンピラ二人をボコボコに殴ったり、ナイトクラブのマダムとの関係も微妙な様相になっており、闇取引する刑事から情報を得て債務者からお金を徴収して儲けているのだ。裏世界の人物であるイルワンなのだが、ジウォンの売店に現れるときやサラに道を尋ねられているときにみせる表情は穏やかでとても裏世界で活躍している人間にはみえないのだ。そのようなところが、旅行者の視点というのかもしれない。

不法労働者の実態をもう少し深く表現するのかと思っていたら、表面的なところしかみせていないのでちょっとがっかりしてしまった。冒頭にみせる5人のバングラディシュ人が出入国管理官に調べられているところをみせており、彼らは許可を取って労働しているが、不法労働者のアフリカ系黒人エトゥとサラは即行に隠れてその場を凌ぐ。だがクリーニング屋の社長が、働いた賃金を払わずにエトゥとサラを不当解雇したことで、二人が弁護士に相談して三人で乗り込んでくるのであるが、ここらに中盤から終盤に繋がるヒントを潜ませているのがみえるであろう。韓国国内における外国人労働にもっとスポットを当ててもっと深く切り込んでいれば、また違った形の作品になったであろう。

韓国に入出国するサラの視点を大事にしており、この街で起こった出来事に対して関わりを持たずに真実を見落としたまま出国していく人物になっている。一方で、ラストに出国する人物たちは、この街で様々な悲しみや苦しみを経験していることでサラとは違う心境になっているのを対照的に表現されている。

ティーチ・インでは、いろいろな裏事情が聞けたことが収穫であった。シナリオを実現するのにどのようにしてキャストを決めたか、三千万ウォンの低予算映画、予算の都合による撮影回数の制限といった感じだ。描写されていることに関しては、観ればわかる内容である。劇中では、登場人物の名前が殆んど出てこないことが興味深かった。監督も話していたが、ソウルという街に限定しなくても、他の街を舞台にしても当てはめることが出来ることを意図的に表現していたのかもしれない。シナリオ重視で鑑賞する人には向いているだろう。

【なめ犬的おすすめ度】 ★★

作者:nameinuuuu

更新日:2008年10月20日 17時23分

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韓国映画レビュー その331 「青春スケッチ (原題:ミミとチョルスの青春スケッチ)」

80年代の作品のレビュー2回目はこれ。これも日本版のビデオで鑑賞したものだが、ここ10数年ぐらいで販売店やレンタルビデオ屋でみかけなくなった気がする。近年、ビデオからDVDに移行しているから、ビデオ版のみで販売&レンタルしている作品が消えていくのは勿体ない気がする。現状の韓国映画の扱いからすると、古い作品はDVD化して再販売するのは難しいのかな。

青春スケッチ (原題:ミミとチョルスの青春スケッチ)
制作年:1987年
監督:イ・ギュヒョン
出演:カン・スヨン、パク・チュンフン、キム・セジュン
ジャンル:青春ドラマ
鑑賞:国内版Video


大学の学部対抗体育大会で盛り上がっている中で、英文科のバスケットチームは相手の力に押されていた。そのとき、ハーフタイム中に英文科の女子大生ミミ(カン・スヨン)が選手たちのところにやってきて気合を入れてやる気を出させる。その姿を観客としてみていた新聞放送科の男子大生キム・チョルス(パク・チュンフン)は、ミミに一目ぼれをした。帰宅途中に二人は同じバスに乗車しており、多くの乗客がいる前でチョルスはミミに愛の告白をした。喫茶店に行った二人は、会話をしていくなかでミミもチョルスを気に入って、友達からということで付き合うようになった。チョルスは、ミミに会うために英文科の棟に向かっていたところ、小便小僧が噴出す水を飲んでおりいつも望遠鏡と精力剤を持ち歩く怪しい男子大生と出会う。その男子大生の名前はキム・チョルス、あだ名は「宝島」と言われている社会学科の大学生である。恋の手助けをするために宝島は、チョルスにアドバイスをするが、結果的ミミには効果がなく二人の関係は発展していかない。チョルスと宝島は、同姓同名であることが分かると親近感を持ち、酒を飲みに行く仲になって親友になる。チョルスがミミに親友の宝島を紹介することで、三人は仲の良い友人関係として楽しい学園生活を過ごしていた。そんなとき、ミミはチョルスに好意を持っているが、裕福な医大生(チョン・ソニル)を友人を通して紹介され二人の仲は親密になっていく。一方で、怪しい存在の宝島にもある異変が起きてきた。若者たちの恋と将来への葛藤を描いたお話。

監督は、『青』のイ・ギュヒョン監督。
出演者は、英文科の女子大生ミミを演じるのは『シバジ』『桃花』のカン・スヨン、新聞放送科の男子大生キム・チョルスを演じるのは『カムボ』『桃花』のパク・チュンフン、社会学科の男子大生キム・チョルスであだ名が宝島を演じるのは『胸を張って』のキム・セジュン、俳優の卵のチェ・アランドロンを演じるのは本作デビュー作のコメディアンのチェ・ヤンラク、医大生を演じるのは本作デビュー作のチョン・ソニル、チョルスの父を演じるのは『鯨とり -コレサニャン-』『その年の冬は暖かかった』のイ・ヘリョン、チョルスの母を演じるのは『糸車よ糸車よ』『アガタ』のムン・ミボン。

強気な性格のミミは、出足から飛ばしており、英文科のバスケットチームの選手たちに気合を入れるためにアントニオ猪木を彷彿するような闘魂ビンタをくらわしていくのだ。その姿に惚れるチョルスもかなり変わり者にもみえるが、二人が喫茶店で話している内容から、特別変わった人間ではないことがみれるはずだ。ミミとチョルスの恋がスタートしだした頃に、怪しい男子大生の宝島と仲良くなっていき三人の形が出来上がっていく。男2人と女1人、男1人と女2人といった三人を軸に展開した韓国映画は多く、これもその定番に当てはまるのである。ミミとチョルスが恋仲、宝島はミミに興味がないことで上手い具合に調和がとれた友人関係なのだ。流行に敏感なミミ、場を和ませる陽気なチョルス、成績優秀で意外にも格闘技ができる不思議な男の宝島といったアンバランスの三人なのだ。

序盤は、ミミとチョルス、三人の接触、それぞれの学園生活をみせている。チョルスの作戦に引っかからない賢いミミをみせているのが、ちょっとした中盤の伏線になっている。宝島の学園生活は、法律の資格を取得していたり、なんらかの仕事をしていたり、頭が良いことで周囲からは格上にみられているのだ。そのギャップとして、怪しい風貌でいつもコートを羽織っており、望遠鏡を常に持ち覗きこんでいたりとどのような人物なのかは中盤以降にならないとみえない構成になっている。大学生ということもあって、授業や試験の風景をみせており、試験時にいろいろな人がカンニングをしているのが定番すぎて笑ってしまう。机に書き込んでいる奴がいて、試験官が急遽席替えを命じたときに机を持ち上げて移動している奴には笑ってしまった。

中盤では、ミミの女心とチョルスの男心を別々に表現している。ミミの場合は、現実的なビジョンを持っており、将来有望な医学生と親密になっていくのだ。もちろん強気な性格を隠してカマトトぶっている姿は、凄いギャップなのだ。一方、チョルスの場合は性欲が強く、友人で俳優の卵チェ・アランドロン(チェ・ヤンラク)の力を借りて、女性と肉体関係を持つことを希望して、何とか叶えようとしていくのだ。やっていることは、街中や喫茶店でナンパしたりするのが主であるから、目的に達することはない。安易に風俗街に走らないのは、この作品が青春ドラマというところにあるからであろう。ミミの浮気とチョルスの浮気をユーモアを交えて進行していく。

終盤は、大きな分岐点となっており、宝島の運命やミミとチョルスが将来についてのビジョンを模索してみつけていくところであろう。そこには宝島の存在が非常に大きなものであり、ミミとチョルスにとって人生の道標になっているのだ。終盤は非常に重い内容になっているので、そこは何を表現しているかをじっくりと考えながら鑑賞してもらいたい。終盤の展開でこの作品の評価が上がったからだ。

【なめ犬的おすすめ度】 ★★★

作者:nameinuuuu

更新日:2008年10月16日 22時51分

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韓国映画レビュー その330 「鯨とり -コレサニャン- (原題:鯨とり)」

80年代の作品のレビューがないので、2回分だけ連続でレビューしようと思う。「懐かしい」と思う人もいれば、「こんなの知らない」という人もいるだろう。日本版のビデオを持っているけど、おそらく今では廃盤になっているのだろうか。鑑賞した当時は、俳優目当てで鑑賞せずにレンタルして内容がよかったから中古品を購入した記憶がある。まあ、アジア映画が好きだから。内容としては、かなりメッセージ性が詰まっており、比喩的な表現を多くしている。レビューではあまり掘り下げないで書いてしまった。

鯨とり -コレサニャン- (原題:鯨とり)
制作年:1984年
監督:ペ・チャンホ
出演:アン・ソンギ、イ・ミスク、キム・スチョル
ジャンル:アクション、ヒューマンドラマ、コメディ
鑑賞:国内版Video


ソウルにある一流大学の哲学科に通う学生ビョンテ(キム・スチョル)は、好きだった女子大生にふられてしまった。優しいが内気な性格のビョンテは、夜を彷徨っているときに、具合悪そうなひとりの女性を助けようと手をかしてしまったことで警察沙汰になってしまった。警察署での事情聴取で、女性の言い分は強姦されそうになったことを供述するが、ビョンテは女性が自分の腕時計を盗んだと供述する。そのとき、後ろの牢屋に入っていた乞食の親分(アン・ソンギ)が女性の下着まで調べたのかとアドバイスしたことで、一連の事件は女性が嘘をついていたことが立証されて、ビョンテとなぜか分からないが親分も釈放になった。ソウルの街中に戻っていく親分の後ろをついていくビョンテは、一緒に行動するようになる。ビョンテは、全てを捨てて鯨を探しに行くと豪語している。そのようなビョンテを元気づけさせようと親分は、二人で売春宿に行き、そこで失語症の娼婦チュンジャ(イ・ミスク)と出会う。ビョンテはチュンジャと愛し合い、彼女が何故このような状態でいるのかを教えてもらい、自分の知らないところで訳も分からず売春宿の主人(イ・デグン)に売られていたのだ。その理由に気持ちが揺れたビョンテは、親分と二人で売春宿からチュンジャを脱出させ、チュンジャの故郷であるウドという離島を目指して三人で行動する。しかし、売春宿の主人も彼らの後を追って、何とか商売道具であるチュンジャを取り戻そうとする。奇妙な組み合わせの三人が、チュンジャの故郷を目指し、様々な出来事に遭遇しながら旅をするお話。

監督は、『鉄人たち』『赤道の花』のペ・チャンホ監督。
出演者は、乞食で本名ミヌであだ名が親分を演じるのは『鉄人たち』『赤道の花』のアン・ソンギ、失語症の娼婦チュンジャを演じるのは『外泊』『夜が崩れる時』のイ・ミスク、哲学科の大学生ビョンテを演じるのは本作スクリンデビューのミュージシャンのキム・スチョル、売春宿の主人を演じるのは『カッコーの啼く夜 別離 (原題:郭公は夜鳴くのか)』『暗闇の子供たち』のイ・デグン、売春宿主人の手下を演じるのは『天が呼ぶ時まで』のファン・ゴン、売春宿主人の手下を演じるのは『馬鹿宣言』のナム・ポドン。

無気力な大学生ビョンテ、インテリな乞食親分、失語症の売春婦チュンジャといったアンバランスな三人が、目的地に向けて旅をするロードムービーである。ビョンテの学園生活から始まり、警察署で乞食親分と出会い、売春宿でチュンジャと出会うといった具合にストーリーが進行することで三人となっていくのだ。三人の関係は、ビョンテとチュンジャが恋人関係、親分は二人からみると兄貴的な存在であろう。

時代背景も軍事独裁政権を倒し、民主化していこうと活気に満ちた人たちを映すのではなく、逆に違った方向に進んでいる人をみせている。親分はロングコートに身にまとっており、内側に生活必需品が完備されており、公衆便所で顔を洗い髭を剃り身なりを整えた乞食なのだ。そして、お金に対する欲がなく、飯と寝床さえあれば満足な思考をしているのだ。親分の詳しい過去をみせることはないが、とある大学教授が親分をみて教え子に似ていることで声をかけられたり、妙に学があったり、機転が利くところをみると、自ら望んで乞食をやっているのがみられる。

そんな親分と行動を共にするのがビョンテであり、ビョンテは親分の生き方に興味を持ち出し、売春宿でチュンジャと出会い、本当の愛をみつけるのだ。チュンジャの過去がみえるのが、ビョンテと二人っきりでいるときにみせており、母のいる故郷の島に帰りたいと強く望んでいるのだ。そこから、大冒険の始まりでソウルから南下して目的地のウドという離島へ向かうのである。

単に目的地に向かうだけでなく、売春宿の主人と子分らがずっと彼らを追いかけているところにおもしろさがある。救急車を盗んで暴走したり、バスで移動中に途中で降ろされたり、交番でのやりとり、葬列に紛れ込んだり、お金がない三人が飲食店の女将やお客との出来事、追っ手から逃れるために走行している貨物列車に飛び乗ったり、一度親分と別れたビョンテとチュンジャが市場で再会したり、といった多くの珍道中をみせていることで自然と笑いが出てくる作りになっている。

同年代のビョンテとチュンジャの設定は、正反対の青春を過ごしているところに良さがみえる。ビョンテは一流大学に在学している大学生という身分であり、チュンジャはド田舎の娘でソウルに出てきたはいいがあれよあれよと流されて売春婦にまで成り下がっている。性に関しても一方は童貞でもう一方は淫売という形をみせている。表と裏の青春時代をある時点で交わって、同じ青春時代を短い間であるが共有しているのだ。二人の恋の行方を終盤にみせているが、まだまだこれからといった感じで映画としては閉じているので、後は鑑賞者の心の中で二人の結末を考えるのも良いであろう。

気になるのが「障害者」をかなり強調して表現しているところが目立つであろう。親分が黒いサングラスと盲人安全杖を出して外国人夫婦から盲人のマネをしてお金を乞う姿をしたり、ピンチなるとすぐに盲人のフリをして難を逃れる姿をみせている。売春婦チュンジャは、元々は話すことができたが生活環境によって失語症の障害を抱えており、フリではなく障害者になってしまっているのである。「障害者」を武器にして物事を自分の有利な方に導こうとしている点がある。大目にみてくれる人もいれば、逆にそのような障害者に対して、チュンジャを売春婦として問答無用に扱き使う売春宿の主人の行動があったり、全編を通してみると障害者に対する労りがないのが数々みられるはずだ。

人物描写の他に映像面の良さがある。ソウルの都会から始まる旅は、南下していくにつれて田畑や山々といった田舎道をバックに走り抜けていくときにみせる風景である。雪が残るかすかに白い山々の美しさ、舗装されていない道路、目的地近辺でみせる海といったところである。

日本版Videoで観れた韓国映画の80年代~90年代前半作品って、エロスを全面にアピールしたものが多い気がした。昔のレンタルビデオ屋さんは箱ごとレジに持っていくから、エロ映画みたいなパッケージになっていると恥ずかしかった記憶があった。

【なめ犬的おすすめ度】 ★★★★

作者:nameinuuuu

更新日:2008年10月13日 10時3分

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韓国映画レビュー その329 「美しい」

新しい作品で久々に自分好みの良作を発掘した感じである。原作をキム・ギドクが書き下ろしているところから、かなり彼の色が出ているが、それをうまく脚色してチョン・ジェホン監督の色に染め直している感じを受けた。ラストの胸から下の裸体が出るが、あれってチャ・スヨンの裸体でなく代役のボディを使用しているのかな。

美しい
制作年:2008年
監督:チョン・ジェホン
出演:チャ・スヨン、イ・チョニ、チェ・ミョンス、キム・ミンス
ジャンル:ヒューマンドラマ
鑑賞:韓国輸入版DVD


美しい顔とスタイルの持ち主である女性ウニョン(チャ・スヨン)は、いつも男性から熱い視線を感じ、いつもナンパをされ、女性からもその美しさから芸能人に間違えられるぐらいの存在である。女友達ミヨン(イ・ミン)と喫茶店で待ち合わせをしたときに、ミヨンの恋人ミノ(キム・ボムジュン)も後からやってきた。ウニョンは、トイレから出てきたときにミノに口説かれるが、頑なに拒否をして逃げる。自宅に帰ってきたウニョンは、留守番電話のメッセージをきくと男性たちからの誘いの言葉ばかりである。さらにミノはしつこく誘いのメールを送信してきたり、自宅マンションのまえで待ち伏せている。マンションの管理人のおじさんは、毎度のように男性たちから預かったたくさんの花束をウニョンに渡すが、あまりの多さに大半を捨てることになる。ある日、ウニョンのストーカーの一人であるソンミン(キム・ミンス)が業者を装ってオートロックされた入り口を突破し、強引にウニョンの部屋に入った。ソンミンは、ウニョンの美しさに吸い込まれていき、ウニョンを強姦して証拠写真を撮った。強姦犯ソンミンは、そのまま警察に自首をして、ウニョンの部屋にキム刑事(チェ・ミョンス)と警察官ウンチョル(イ・チョニ)が駆けつけた。憔悴しているウニョンを保護して、事情聴取のために警察署に連れていった。衝撃的な出来事にウニョンはショックを受けており、この出来事の発端は自分が美しいからだと思い込み、なんとか醜いようにしようと試みていく。果たして、突然の不幸な出来事から奈落の底に落ちていったウニョンは今後どのような行動をとるのか、そしてウニョンを支えようとする警察官ウンチョルは彼女を助けることが出来るのかというお話。

監督は、本作デビュー作のチョン・ジェホン監督。
出演者は、美しい女性ウニョンを演じるのは『永遠の魂 (原題:星の光の中へ)』のチャ・スヨン、警察官ウンチョルを演じるのは『台風太陽』『堤防伝説』のイ・チョニ、キム刑事を演じるのは『強敵』『セブンデイズ』のチェ・ミョンス、強姦犯のキム・ソンミンを演じるのはキム・ミンス、ウニョンの女友達ミヨンを演じるのはのイ・ミン、ミヨンの恋人ミノを演じるのはキム・ボムジュン。

本作品の原作は、キム・ギドク監督が書き下ろしており、そこからチョン・ジェホン監督が脚本を書いて監督も務めている。元々チョン・ジェホン監督は、キム・ギドクの助監督の経験があることで、本作品は非常に作風がキム・ギドク作品に近いものを感じる。

序盤では、美しさが罪と言わんばかりに多くの男性たちがウニョンに近づいてきたり、女性たちからは憧れの眼差しと嫉妬の両方をみせている。ウニョンは、自然に備わった自分の美貌に特別な感情を抱いていない始まりが非常に良い設定であり、ストーリーが進むにつれてウニョンが変貌していく姿を強烈にみせているのだ。ウニョンの性格は、友人ミヨンとの会話からすると特別変わった性格ではなく、マンションの管理人のおじさんとの会話からして常識的な人間のようにみえるのだ。しつこく言い寄ってくる男性らに対してはかなり鬱陶しい態度をみせているが、それは当たり前の振る舞いにみえる。

大きな分岐点としては、ストーカーのソンミンがウニョンを一途に愛し、偏った愛の感情表現をみせてしまい、終いには強姦をしてしまい、この一連の行動はウニョンが美しいからだと強姦犯ソンミンは相手のせいにしている点である。性に対しての表現は、男は野生的な動物で欲望のまま行動しているようにみせ、女は男の支配下にいる存在で弱い立場に置かれており、自然の原理に基づいた動物的な行動をみせているようだ。人間も動物であるが、理性を持って行動をとっているところに大きな違いがある。そして、処女性に対する美意識がみられる点として、強姦犯ソンミンがウニョンを犯したときに、処女であることがわかったときの言葉と表情だろう。

追い討ちをかけるように、警察署での事情聴取では、被害者のウニョンに対してキム刑事からえげつない言葉を浴びるのである。強姦は女性側にも非があるから起こるといった感じだ。明らかに女性の立場を軽視した言葉や態度をとっており、どちらかというと強姦犯ソンミン側の思考に近いのだ。女性側の位置に属しているのが、キム刑事の事情聴取に一緒にいた警官ウンチョルである。階級が上のキム刑事に対して堂々と意見をぶつけ、ウニョンの壁の役割をしている。警官ウンチョルの気持ちは、ウニョンに惚れてしまったことでの行動ととれるのが本心であろう。

被害者であるウニョンが、自虐的になっていく姿を痛々しくみせていくところから本作品の魅力である。周囲から嫌がられることを考え、ベンチに座っている太った女性を通行人が不機嫌にさせるのを目撃したことで、大量に食事をとることで太って醜い体にしようと行動していくのだ。また、この行動が失敗すると今度はテレビ番組で痩せている女性は魅力がないことを男性が発していたことで、ウニョンは極端なダイエットをして拒食症になり食べては戻すといった症状になっていくのだ。このように、「美しさ」を崩していく過程がおもしろく、それと同時に周囲からの視線も同時にみせていることで、ウニョンが変化していく姿に驚きを感じるであろう。顔の表情が凄まじく変化しており、中盤以降は目の下に薄黒いクマが目立ち、視点が合っておらず、意識が飛んでいるような表情なのだ。

壊れていくウニョンを一途に愛するのが警官ウンチョルであるのだ。ウニョンがピンチのときにはいつも現れて手助けしたり、美しさによってウニョンに近づく男たちを守ったり、倒れるウニョンを病院に運んだりとスーパーマンのような存在であるが、マイナスの見方をするといつも後ろをつけているストーカーにも見えるのだ。ウニョンの意識としては、警官ウンチョルに対して好きという気持