犬 病気情報
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トップ > 犬 椎間板ヘルニア > 犬 椎間板ヘルニア - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年11月22日 12時)
寂寞
「寂寞」
じゃくまく又はせきぱくと言い 物寂しくひっそりしていることであるが いよいよそんな季節の到来である。例年よりやや駆け足でやってきたようだ。

我々が住む北側は盆地であるが 西に金剛生駒紀泉国定公園、東は大和青垣国定公園がある。その間に奈良市、大和郡山市、生駒市、斑鳩町にまたがる 矢田自然公園がある。
矢田自然公園は 520haあり矢田山の最高峰は340mで昭和42年に指定された自然公園である。

昔は この山を歩いて越えていたようであるが現在は丁度良いハイキングコースである。
途中、生駒山の頂上を眺め、第2阪奈道路の料金所付近も見える。

近畿地方にも木枯らし1号が吹き冷え込んだ日 池の水面にはさざ波が広がる。
風の音
鳥の囀り
そして・・・
静寂
寂
元の字は宀(ベン)と尗(シュク)に作り尗が音符の形声文字である。尗は鉞の刃の部分と刃の光が下方に放射している形で 叔は鉞を手に持つ形である。(又は手の形)
宀は廟の屋根であるから 鉞の頭部を廟に安置し先祖の霊を鎮めることで 人の居ない廟に光る鉞の様子は 静かで寂しいという意味である。
作者:souu-m
更新日:2008年11月21日 6時57分
日本の音


20回目にして第1回目からの目標であった「自分を磨く」ことをテーマにした人、20年前に書いた作品を今一度書いた人、20歳の時に書いた詩を、与謝野晶子の二十のこころを、と夫々が工夫した。
私は 那珂太郎氏の家庭画報の巻頭随筆詩で飾られていた「音」12枚と自分で付け加えた8枚の音を書き 帖仕立てにした。
1枚目は
野も丘も いちめん雪におほはれ 新しい日記の1ペェジのやうに
しづまりかへって物音ひとつしない
やがて白い柔はだの底から大地の鼓動がきこえてくる
「しぃーん」という音に添えられた詩を。
2枚目
「ぴしり」
突然氷の鏡がひび割れるきさらぎの明けがた
春の前ぶれの音
著作権がまだ喧しく言われなかった頃だったので作品にさせてもらったが 今、こうして載せることは如何なのだろうかと 少々気にはなるが。
「ゴーーツ」深夜のお風呂の中で そっと眼を閉じる 国道を通る
車の音、光・・・
自分で書き加えた拙い言葉(詩とは言い難い)も。
「音」
「音」は言と一を組み合わせた会意文字である。言は神に誓い祈る祝詞を入れる器(サイ)の上に、もし偽り欺くことがあれば入れ墨の刑罰を受けるという意味で 入れ墨の針(辛)を立て神に祈り 微かな音を聞くことを「音」という。一は音のひびきをいい、「音ない(音をたてること)」をいう。神棚の両開きの扉(門)の前の(サイ)の中から 夜更けに神の訪れの音がすることを「闇」といい 「暗」ともいう。また、音は聞き取り難いので言葉の不明瞭なことを「瘖・いん」という。
作品の動画を今回 You Tube でUPした。
何時の間にかEXblogドガログへは14も入れているが動画サービスは3月2日に終了する(2月2日から動画がみられなくなる)ようなので 急遽 You Tubeへ変更した。
作者:souu-m
更新日:2008年11月18日 15時8分
パソコン


ブログを始めて 私の視野も少々広がったような気がする。
協力者もあり これまでにも写真の提供をして下さった方もあった。
先日も 生け花の師匠であり、目上の方に友達というのは失礼かも知れないが 犬友であり、パソコンの友でもある方が こんなお花をそっと下さった。
Holmskioldia sanguineaといい 通称チャイニーズハットというそうだが 広がった部分はガクでまん中の突き出た部分がメシベもオシベも長くなり咲くらしいが それが花なのだそうだ。
中国の雲南省へ行った時は 少数民族の人々が夫々特徴のある帽子を被っていた。
その中に こんな帽子はあったかな?と思いながら・・・
珍しい花を楽しんでいる。
私には関係のないことと思っていたパソコンを始める事になったのは1999年3月のことである。
前年、HPに作品を載せないかと誘われ、それを見るために始めたのであるが そのHPの管理をしなければならなくなり 練習のために翌2000年1月24日自分のHPを立ち上げる事になった。今思えば 随分向こう見ずな行動だったような気がするが。
お蔭で 今のblogに発展し楽しみが増えた。
そのパソコンが 時として機嫌を損ねるのである。
先日もムービーメーカーで動画を作成し保存した途端!
パソコンは動かなくなった。
結局 強制終了をし 暫くしてご機嫌が直っていればとスイッチを入れたが何時もと違う。
そうなると私の手には負えない。
お助けマンならぬ先生にお願いすると 私の言うことは聞かないのに・・
先生の言い付けは聞けるらしい。
何とか少しは動くようになったが 一つ動くと次は数十分後でないと動かない。
大急ぎでバックアップしたり再セットアップディスクを作成したり 随分時間が掛かったが ダメになった時の準備をし 宥(なだ)め賺(すか)して使っている。
頑張れ!
作者:souu-m
更新日:2008年11月18日 12時41分
小春日和
『行く秋の
大和の國の薬師寺の
塔の上なる ひとひらの雲』
佐々木信綱が この薬師寺の東塔を見上げた時は 雲がかかっていたのだろうけれど この日は 真っ青な空に雲ひとつない。
前日、燃えるような夕焼け空に 思わずカメラを持って飛び出した。
やっぱりそんな翌朝は 久しぶりに晴れ渡り小春日和の一日となった。

薬師寺は平城遷都に伴い718年現在地に移され 730年に東塔は建てられた。
1944年 地震のため傾斜したようだが 他の建物は再現されたものである中 この東塔は唯一創建当時より現存している建物である。
裳階(もこし)といわれる小さな屋根がある三重塔で 塔の上部に24人の笛を奏でる飛天を配した 水煙が祀られている。

主人や姉の年賀状をプリントしたり カナダ在住のカメラマンがメールマガジンで知らせて下さったNASAに配布されるカレンダーをプリント出来ると知りプリントしたり・・ 使うことが多かったので、ストックがなくなったプリンターのインクを買いに出かける序でに 薬師寺へ自転車を走らせた。
大池を回って 少々汗ばむ気持ちの良いお天気だった。


玄関先が明るくなったようだ。
作者:souu-m
更新日:2008年11月13日 7時31分
ストリートビュー

このところ 雨や曇りの日が続き 予報ではお日様のマークが出ているが明るい陽射しはみえない。
まだ冬物の用意もしていないのに 昨日辺りから急に寒くなってきた。
春には 桜が満開だった公園にも落ち葉が敷き詰められ 秋の深まりを感じる。

引越しをした友達の 新しい家へお邪魔した。
阪神大震災で ダメージを受けた辺りである。すっかり以前とは様子も変わっているだろうとは思うが どの辺りなのかグーグルの地図で調べてみた。
そこはストリートビューで見ることが出来た。
先日 このストリートビュー、ロケーションビューの記事が新聞に報道されていたが 日常生活の安心感にかかわる訴えをはじめ、プライバシーや治安への影響を心配する声が目立ったと書かれていた。
娘も最近引っ越したので そちらも見るとマンションの前に人が写っている。勿論知らない人だし道路だから誰が通っても当たり前だが何か不安な気持ちになった。
新聞には 自宅前で最徐行する自動車を不思議に思ってはいたが その後偶々見たストリートビューに自分が画面に表れ「あの車だったのか」と思った、と書かれていた。
賛否両論あり 私自身も便利だと思ったり不安だと思ったり複雑ではある。
通りの「通」

←左側の形は 辵(チャク・しんにょう、しんにゅう)で行くこと。
右側の形は「甬」で手桶である。
手桶は筒形で空洞であるから 滞ることなく通り抜けることをいう。
甬に 牀(とこ)の上に病気で寝ている人の形である疒(ダク)を付け 病気になって痛みが全身を通り抜けることを「痛」という。

また、耒の形である「力」を組み合わせ「勇」となるが 耒で耕すことは力を要し 一気に力を使うことをいい、「いさましい」意味に用いる。 →
「勇」は内部から湧き出て一気に成そうとする力のことであるが 井戸水などが湧き出ることを「湧」という。
作者:souu-m
更新日:2008年11月10日 18時10分
コメント
今日は立冬。近畿地方は山の方は色付き始めているようだが 平野部ではまだまだ秋がはじまったばかりという感じである。

皆様からいただくコメントで 知ること、教えられる事はいっぱいある。
先日UPしたカニサボテンは その時からシャコバサボテンだったかどっちかな?と思いながら検索したものの判断が付かないまま載せてしまった。
今朝も non_non様のコメントで花を見直してみた。
サボテンのオシベとメシベと思われる こんなところまで見たことはなかった。たくさん蕾が付き 今年は凄いなぁと喜んでも それ以上にジックリ観察していない。
それでも blogをはじめ ものを書こうと思うと調べてみることは多くなった。
それにも益して 皆さんから教えていただく事の多さ。世の中色んな事を知った人が何と多いことか。
老化しつつある(はっきり老化している?)脳への刺激にはなっているだろうか?
blogとは「WebをLogする」という意味でWeblog(ウェブログ)と名付けられ、それが略されてBlog(ブログ)と呼ばれるようになったそうだ。
ツールの日本語化などによって2002年ごろから急速に広まったといわれるが 私が始めたのは 2005年11月であるから まだまだ新米である。
これからも どうぞよろしくお願い致します。
ちょっと くどいかもしれないけれど来年の干支(正しくは十二支)
「牛・丑」

「牛」は動物の文字が横から見た形が多い中 羊と牛は正面から見た形で出来ている。
「丑」は指先に力を入れて強く曲げた手の形で 物をつかもうとすることである。糸を強くしめることを「紐」 心がいじける、恥じることを「羞」 心がいじけて きまりが悪いことは「忸」 印のつまみは「鈕」 鼻血を出すことは「衄」 指先に力を入れる事に関係がある。「丑」を「うし」と読むのは仮借である。
「牛・牜」を部首とする字は「漢語大字典」には330あるそうだが「字通」には32ある。
牛をイメージする漢字は 昔ほど多くないようだ。
作者:souu-m
更新日:2008年11月7日 9時2分
丑年

いつ頃だっただろうか。お隣りから カニサボテンをいただいた。
それから数年 大きく成長し2鉢に株分けしたものが 又また立派に成長した。
今年も 沢山の蕾が膨らんできた。
もうすぐ 辺りを明るくするほど咲くことだろう。
年賀葉書も売り出された。
来年は「丑」の年。己丑(つちのと うし)である。
印を彫ったり 色々な丑を描いたり・・・ 一つの文字をパソコンで悪戯してみた。
ここまで触ると 元の字が判らないかと思いながら遊んでみた。

我が家から そう遠くない所に唐招提寺や薬師寺がある。
その最寄駅である西ノ京から 歩いて10分ほどのところに「草の戸」という薬草料理のお店がある。
草の戸(kusa-no-e)とは萱で葺いた民家のことをいい、ここの建物は入母屋造りの大和棟というそうだ。
茅葺屋根の上に堅魚木(かつおぎ)や鳥(からす)おとしの竿を乗せて 妻の片側の落屋根に 煙出しを設けたものだそうだ。茅葺屋根は 手入れ次第で50年以上持ち水はけを良くするため急勾配になっている。
厳しい戒律の僧侶が空腹や寒さを防ぐため石を抱いたのを薬石といったが 後に夜食や遅い目の夕食を薬石、薬食(やくじき)といい、薬用効果のある植物を使って作られたものだそうだが、その薬草料理「やくじき」を食べに行った。
血圧降下に良いという「干し無花果」とお抹茶から始まり・・高麗人参の薬味酒が出された。
ほおずき(咳止め)青味大根・ひしの実(ガン)きく芋(肥満)桑の木ささげ(利尿)葉唐辛子(血行促進)
胡麻豆腐(滋養強壮)万願寺焼き浸し(食欲増進)黒皮茸酢浸し(ガン)柿白和え(便秘)
こんにゃく(のどの渇き)湯葉(肩こり)アンニンゴ(咳こり)マタタビ(神経痛)
天ぷら=どくだみ(はれもの)よもぎ(腎臓病)朝鮮人参(貧血)ひらたけ(疲労回復)大粒しめじ(便秘)色ピーマン(食欲不振)雪ノ下(風邪)
その他 美容長寿に良いという 黒米など 盛りだくさんにいただく事が出来た。
こんなに身体に良いものばかり食べ 私のお腹は驚いているのではないだろうか?
作者:souu-m
更新日:2008年11月4日 19時19分
11月

今日から11月。
NHKラジオ体操80周年の日。
ここ数年 毎朝TVに合わせてラジオ体操から私の朝は始まる。

今朝も沢山の鳥たちが 悠々と水に浮かび、誰が何と合図するのか一斉に飛び立つ。
「鳥」の文字は象形文字であり 最初の甲骨文字は絵のようである。
鳥は「隹」とも書き
卜文では、神話的な鳥の表示には「鳥」をかき、一般には「隹」を用いる。
この「隹」から

「隹・唯・集・雇・舊(旧)」
唯=鳥占いに対して神がよろしいと聞き入れること。(鳥は神の使者)
集=木に鳥が止まることで 鳥が沢山集まること。
雇=戸の部分は神棚の扉、鳥の力を借りて神意を問うこと。
舊=上の部分は みみずくで 下は鳥を捕まえる道具、みみずくが足をとられて動くことが出来ないので留まる。時間の経過が長く「ふるい」意味になった。
他に 奮・難・惟・維・雖・顧・焦・進 など多い。
作者:souu-m
更新日:2008年11月1日 8時45分
九成宮醴泉銘


今年も眉刷毛万年青が咲く頃となった。
ヒガンバナ科ハエマンサス属。南アフリカ原産。別名はハエマンサス。
葉っぱは幅広く肉厚であるが 開花した花は化粧用の刷毛のような白い花が見事だ。
2,3日前 ご近所で咲き出したと聞いていたが 手入れもせず今年は咲かないのではないかと思っていたら 蕾が膨らんでいるではないか!
開花した花はご近所のO家のもので 蕾が我が家の花である。
蕾はまだまだ刷毛とは言い難いが シベがグ~~と伸びると刷毛 そのものである。
ピンクの花もあるらしい。
先日、滋賀県五個荘町にある 観峯館へ採拓に出かけた。


どれも魅力があるが 九成宮醴泉銘に決めた。
時間的なこともあり、高い所は手が届き難いし・・・最後の部分欧陽詢の落款を入れて採拓した。
九成宮醴泉銘は 貞観6年(632)太宗の離宮に清泉が湧き出たのを記念し、合せて太宗の徳を讃えた記念碑で欧陽詢76歳の書。
陝西省(せんせいしょう)麟遊県(りんゆうけん)天台山に現存する。
線質は非常に鋭く、収筆はきっちり押えるかはねるかして曖昧さがない。相対する二本の垂直線はかすかに背勢を帯びている。醴泉銘では特に几帳面に書かれ正確でありながら活字のような単調さに陥ることなく、「楷法の極則」と言われる素晴らしいものだ。

帰宅後 原本の法帖と比べても美しく 思った以上に素晴らしい碑であった。
作者:souu-m
更新日:2008年10月29日 19時35分
お命日
白川先生の お命日が近くなりお仲間たちとお墓参りに行った。
私にとって ずっと気になりながら行けてなかったことである。あれからもうすぐ2年。

その帰り みやこめっせで開催中の京都画材まつりに足を運ぶ。
画材展示は勿論、ワークショップやアートフリマなどの他に 京都らしく「舞妓さん写生コーナー」もあった。舞妓さんはベッピンさんだ。水彩画や油絵などで写生している人があった。
私のお目当てはボタニカルアートの材料を見ることである。
ふくらむアート。 画材まつりであるから絵を描くために考えられたものであるが そんな中にも書道に使えそうな物を探して歩くのは楽しい。
早速「炎」の文字を書いてみた。
もっと燃え上がる炎の勢いの感じが出せると良いのだが・・
圧縮された紙に水で描くと その部分が膨らみ5ミリほど突出する。凸凹のある立体的な作品になる。
薄い墨で書くと彩色する必要はない。
他に小さく裁断したものを水に浸けるとスポンジ状のものに膨れ上がるものもあったが 文字には適さないようだった。
面白そうなものはあっても書道に結びつくものは中々ないが 結構楽しい。
「炎」は「火」の仲間。 「火」も以前に記載したので省略するが甲骨文字では「山」の形に似ているが 火が燃え上がる形である。
「光」は この 火の下に跪く人を添え 火を守り神に仕える聖職者のことを現したものである。
「災」は上の部分は 廟の屋根の形で その中にあるのは火災で燃える形である。川の流れをせき止められる形の水害から出来た「災」の字は以前記したので 覚えて下さっている方もあるだろう。
「庶」も 下の部分に烈火が付き「焦」「然」「黒」も また仲間である。「庶」の厂の部分は台所の屋根。中にあるのは鍋、その下の部分は火の形で台所で煮炊きをすることで「煮」の元の字なのだそうだ。
「焦」は上が鳥で鳥を焼く事。「然」は肉と火と犬を組み合わせ いけにえの犬の肉を焼く形だとか。
「黒」は上の部分は嚢(ふくろ)に物がある形で その下の部分は火である。
中のものを焦がして黒くすることである。
また 同じように火であぶってくゆらす形は「薫」となり香りを主とする字であるが 色染めのときは「黒」となる。
「主」は この仲間とは思い難い字であるが 油皿の中で燃えている火の形で灯火の火主のこと。 神聖なものである火を持つ人、取り扱う人を主人という。
作者:souu-m
更新日:2008年10月26日 5時26分
発明くふう展

その雰囲気に釣られ こんなものを買った。
先日、TVで大阪中央図書館で開催中の「発明くふう展」を放映していた。
太陽が当たると お花にペットボトルの水をかける装置や 月の満ち欠けが解り易く工夫されたものがあった。

月は地球の周りを公転しているのであるから太陽の光をあびる位置によって満ち欠けがあることは判る。この形の時は直に影の所為であると思えるが 逆に欠けた部分が膨らんで見える時、理屈についていけない 私の頭がある。
この発明くふう展で解明してくれそうな気がした。
古代の人も 同じ月を眺め こんな欠け方をした時の形を「月」の文字にした。しかし、朝も夕方も「月」は見える。
「朝」の字は ここでも何度か取り上げたので覚えて下さっていると思うが 草原から出てきた太陽と残っている月を組み合わせて出来た文字である。
「夕」も また夕方の三日月の形にし 甲骨文字では中に点を加えている。
月の仲間には「明」
よく言われている日と月が同時に出ると明るいというのは俗説で 甲骨文字では「日」の部分は窓の形である。窓から入る月明かりのことで かすかな明かりのもとで神を迎えることである。
前回取り上げた「期」も日の分類に入れたが「月」にも関係ある(月日の一定の時期)
「夜」も 以前取り上げているが 手足を広げて立つ人の腋の下から月が現れている形から 月が姿を現す時間帯を「夜」という。
毎日 訪問している桂三枝師匠のblogに 新婚さんいらっしゃいの録画取りでヒエログリフで名前を書いてもらったという記事が載っていた。


失礼してお借りした画像(お断りしています)を 私が調べた上の文字と比べてみた。
概ね 同じであるがチョッピリ違う部分もある。
ヒエログリフに限らず 今も生きた象形文字といわれるトンパ文字は書く人によって違うとも聞く。
古代の文字はこんなものであろう。漢字も多分こんな風であったものが 統一され今に至っているのだと思う。
作者:souu-m
更新日:2008年10月23日 7時56分
漢字の家族

秋といえば 発表会の時期である。
以前 出品していた日展、東大阪展など公募展は一切止めてしまった今でも 先週のようなグループでの展覧会も もう11回目であったし、昨日の公民館も15回目であった。
今回の公民館は古事記の編纂者の一人という【時有舎人。姓稗田 名阿礼 年是二十八・・・「そのとき、一人の舎人がいた。姓は稗田、名は阿礼。年は28歳】と一度 目や耳にしたことは決して忘れなかった阿礼さまが祀られている売太神社の東に建てられたものであるが 近くに住むものは良いが 街中からも駅からも遠く会員は増えないという悩みはある。
私が関係している公民館はもう1ヶ所・中央公民館(三の丸会館)の発表は11月である。
blogを始めた切っ掛けは 人それぞれだろう。
パソコンを教えていただいている先生に blogのことを聞き、日記ではなく文字について自分の備忘録のつもりで始めた。その内に皆さんとの交流が出来 この楽しさを知った。
皆さんの支えがなければ続けられていなかった事は確かである。これによって知らない街を、知らなかった事を 沢山知ることが出来 blogをやって良かったと思っている。
ちょっと初心に返り・・
一つの漢字が 体系的に増えていったことを少し記したいと思う。


古代の人々は 自然の中で暮らし自然の中で文字を考え出した。
朝日が出る様子を見、「日」の字を作り 草が芽を出す様子を添え「春」の字が誕生した。
これは初め「芚」の下に日を添えた字であったので 幾多の変遷はあったが・・・

「昭」神霊が降りる形とサイ(祝詞を入れる器) そこへ跪く人を添え 霊威が明らかなことを言う字が出来た。

「昼」は元は「晝」と書き 上の部分は筆を手に持つ形 その下に「日」を組み合わせ「ひる」の意味になった。

「期」古い文字には上の部分に太陽があり 其は四角形のちりとりで方形の一定の大きさのものの意味 月や日の運行による一定の時期を示したものである。
子どもさんに説明するとき判り易いように この体系的な文字のことを漢字の家族と言っている。
作者:souu-m
更新日:2008年10月20日 7時1分
いにしへの

もう、トンボが見られる季節なのだ。
つい先日 今使っているカメラに 古いフイルムカメラの望遠レンズが使えることを知った。
もう何十年と奥深く眠っていたものであるが 取り出して撮ってみた。

随分いにしえのものである。
今のカメラに取り付けても ピントは合わさなければならない。
ピントが合わないとシャッターがおりない。
いにしへ・・・ 「古」
十と口(サイ・祝詞を入れる器)を組み合わせた会意文字。十は干(カン・盾の形)で サイの上に置き祈りの効果を長く保たせるのである。
「ふるい、むかし、いにしえ」の意味となる。
古に囗(イ・かこい)をし 祈りの効果を守りかためると「固」となり 攴(ボク)を加えるとわざと害することになり「故・ことさら」となる。

丁寧な説明通りにしか出来ないが こうして教えていただけ楽しむことが出来るのは blogのお陰である。
もうひとつ
先日のグループ展には 思いがけない来訪者が何人かあった。
これも ネットあってのこと。勿論怖いこともあるだろうけれど嬉しいこともたくさんある。

「関西弁で愉しむ漢詩」の著者 桃白さんがご来場下さった。
この本の中から また、カレンダーに書いてみた。
「西門行」という詩がある。
西門を出てて 歩みつつ之れを念う
今日楽しみを作さざれば 当に何れの時を待つべき
楽しみを為すに逮べ ・・・
と、いう詩の出だしであるが
著者によれば
今 楽しまんでどうすんねん
西の門を出て歩きながら思った
今日楽しまへんかったら
どんだけ待たなアカンか分からへんで ・・・
となる。
関西の人にしか通じないのか ?であるが ここまで訳していただけると漢詩も身近なものになる。
この部分を書いてみた。
今週末の公民館まつりに そっと展示してみようかな。
作者:souu-m
更新日:2008年10月16日 12時48分
老いを感じる時

玉手箱を開けたわけではないので 急に年老いたのではないが・・・
最近 頓に老いを感じる。年は意識しない方が良いのではないだろうかと 自分に言い聞かせるように思うのであるが。
第一に 疲れやすくなった。
そして滅茶苦茶(メチャクチャ、目茶苦茶と書くより ピッタリな気が・・)早寝、早起きになった。
元々寝付きは良い方で幸せだと思うが 数時間で目覚める。
ちょっと調子が悪いと いよいよ我が人生も終わりが近づいているのかと思ってしまう。
他人の不幸を 自分に置き換え非常に辛くなる。
昨日も 古くから我が家の家族をよく知る人に「お母さんに益々似てきたね」と言われた。
兄弟の中でも 一番似ていることは判っているが確かに母と同じことをしている。意識しているわけではないが自然にそうなる。DNAというヤツか?
お布団の中に居ると 左程感じないが夜中より朝方が冷えるようになってきた。
これも 早起きをしていると感じる。

動物嫌いの方には申し訳ないが如何も犬、猫の写真が続く。
秋を一番に感じるのは この子かもしれない。
「老」長髪の垂れている形である。
「白髪三千丈・・」は李白が54,5の時の作だというが まさかこの「老」の字と重ねた訳ではあるまいが。
どのブログにもあるだろうけれど このexblogにもあるアクセス解析やリンク元を時々チェックしているが リンク元のトップはyahooだ。次に google で 3番目はblog gooである。
gooのblog友の皆様に感謝!ブログ更新を楽しんでいらっしゃる方が多いように感じる。
次に 我が懐かしのOB会の皆さんの kansai-mituwakai からの訪問者である。
皆さんに支えられている。一人で生きているのではない。
「老い」などと言ってはならないのだ。
作者:souu-m
更新日:2008年10月14日 4時26分
夢の超特急
東京オリンピック開催の年1964年に開通した東海道新幹線。
夢の超特急といわれた この初代の電車である0系の電車が11月末で引退と発表された。


’64年から’86年まで東海道、山陽新幹線用車両として3216両製造されたそうだ。
青白に塗り分けた この車両は新幹線のイメージでもあり、当時、書道の作品の表具をするときマットの色を「新幹線ブルーにして下さい」なんて表具屋に頼んだことを思い出す。
私の父は私鉄ではあるが鉄道会社に勤務していたこともあり電車は身近なものとして育った。
弟も車両の設計を仕事とし 丁度新幹線開通の頃 就職が内定し最後の夏休み この0系の列車に試乗していた。
開通後 友達と新大阪駅へ新幹線を見に行った。
当時のモノクロ写真には若き日の私が写っている。最近、態々この車両に乗ろうと思う訳でもないのに見られなくなると思うと一抹の寂しさを感じると同時に年月の経過を思い知らされるようである。
新幹線の「新」
以前にも載せたが・・・

左は「新」右は「親」
辛(しん)+木+斤(きん)。
神事に用いる木をえらぶために辛(針)をうち、切り出した木を新という。その木で新しく神位を作り、拝することを親という。


グループ書展「輪書」は 今日から3日間(11日~13日)の開催である。
11時~18時(最終日15時まで)
会場 ギャラリー香
大阪ミナミの道頓堀 松竹座の前にある この細長い建物の4階
会場には今日は11時から居りますが リクのことがあり例年のようには長く居られないと思います。13日は リクの抜糸の日で病院へ連れて行かなければならないので状態を見ながらということになり未定です。ご了承下さい。
ヤンとリクは・・

作者:souu-m
更新日:2008年10月11日 6時3分